あるところに、とても美しい池がありました。池にはたくさんの水草が茂り、魚やミズスマシや亀が、たくさん住んでいました。そして、たくさんの小鳥たちがやってきて、水を飲んだり、しばしの休息を楽しんでいました。
その池に住む、一匹のとってもよく太った亀さんには、仲良しの二羽の白鳥がいました。亀さんと二羽の白鳥は、一緒におしゃべりをしたり、お昼寝をしたりして、毎日平穏に過ごしていました。
ところがある年、その地方には、ほとんど雨が降らなかったために、その美しかった池の水が、どんどん減って、水草も枯れ、池にすむ魚たちもだんだんと死んでしまいました。
亀さんも、食べるものがないので、だんだんと痩せてしまいました。その姿を見て、二羽の白鳥は、亀さんにあることを提案しました。
「亀さん、そろそろ大切なことを決心するときがきたようだけど、どう思う?」と一羽の白鳥が、亀さんに話し掛けました。
「何の話?」亀さんには、何のことなのか、わかりません。白鳥は、話を続けます。
「実は、ここから、ちょっと離れたところに、去年までのこの池と同じように、水がいっぱいで美しい池を見つけたんだけど、亀さんはそこに移り住むつもりはないの?」
「食べ物もいっぱいだし、本当にいいところだよ。」
亀さんは、一つ、大きなため息をついて、答えました。
「ここにいては、やがてやせ細って死んでしまうかもしれないし、そんなにいいところがあるのなら、行ってみたいけど、私は亀で白鳥ではないから、そんなに簡単に移動できないんですよ。」
「私の短い足で、この重たい甲羅を背負って歩いていったら、そこにたどり着くまでに、飢え死にしてしまうに違いありません。」
悲しそうな目をする亀さんを見て、二羽の白鳥も考え込んでしまいました。しかし、二羽の白鳥がしばらく相談したあと、急に笑顔になって、亀さんに語り掛けました。
「亀さん、大丈夫だよ。いい考えがあるから、亀さんは、いわれたとおりにしていてください。」
亀さんには、何のことだかわかりません。
「私たちと一緒に、空を飛んでいけば、簡単だ。」
「えっ~? 私が、空を飛べるわけがないですよ。亀には、羽がありませんから。」
「大丈夫・大丈夫。」「亀さんだって、空を飛べます。亀さんよく聞いてね。」
「私たちが、一本の枝を持ってきて、それを二人でくちばしにくわえるから、亀さんは、その枝に噛み付いて、じっとしていればいいんです。私たちが、亀さんを目的の池まで連れて行ってあげましょう。」
「そんなに簡単にいくのかなあ?」亀さんは、まだ心配です。
「とにかくやってみなければわからないし、亀さんが、途中で口をあけなければ、必ず目的地までいけますよ。」
「大空を飛ぶのは、素晴らしい気持ちですよ。それとも、亀さんは、空を飛ぶのが、そんなに恐いの?」
亀さんは、悩みましたが、ここにいても、ほとんど希望はないから、決心をして、この計画を実行することにしました。
二羽の白鳥は、計画どおり、一本の木の枝を探して来ました。
「さあこれで準備は、整ったけど、亀さん、空に舞い上がったら絶対に口をあけたらダメだよ。」
「わかりました。」亀さんは、力強く答えて、枝の真ん中あたりに思い切り噛み付きました。
二羽の白鳥は、いつもより力をこめて、羽ばたき、空高く舞い上がることに成功しました。
「亀さん、空を飛び気持ちは、どう?」「気持ちがいいでしょ?」
亀さんは、口をあけられないから、心の中で、「本当に、空を飛べるって、いいなあ。」と思いました。
今まで住んでいた池は、まるで小さな水溜りのようにしか見えませんし、今まで見上げていた、森の木々は、今は嘘のように本当に低く見えます。
さあ、これで、また楽しい毎日が過ごせるようになると、亀さんは、本当に二羽の白鳥に感謝をしました。
ちょうどそのとき、一人の少年と一人の少女が、下の森の中で、遊んでいました。
少女は、少年に向かって、「ねえ、明日は、雨が降ると思う?」と聞きました。少年は、大好きなおじいさんがいつもするように、空を見上げて、「この雲の様子だと、明日は、雨は降らないと思う。」といいました。
そのとき、少年は、空に、二羽の白鳥が飛んでいるのが見えました。よく見ると、その白鳥と一緒に、なんと亀が空を飛んでいるではありませんか。
少年は、びっくりして、少女に叫びました。「白鳥が、亀を運んで飛んでいる!!」
「何を言っているの?」少女は、少年のほうを見ました。少年は、空を見上げているので、少女も空を見上げると、そこには、確かに亀が、二羽の白鳥を運んでいるではありませんか。
「少女は、本当だ、亀が、白鳥を運んでいる。」といいました。
「違う、白鳥が亀を運んでいるんだよ。」
「そうじゃないよ、よく見て。亀が白鳥を運んでいるのが見えないの?」
「も~~う、いったい何を見ているの?亀が空を飛べるわけがないだろ。白鳥が、亀を運んでいるんだよ。」
二人は、自分の考えが正しいと思っているから、お互いに譲りません。どんどん声が大きくなって、そのうちに、叫びあいになってしまいました。
気持ちよく、空の旅を続けていた亀さんにも、その二人の声が聞こえています。
亀さんは、心の中で、「あの少年は、間違っている。自分は、こうして空を飛んでいるんだ。決して、白鳥が、自分を運んでいるんじゃない。」と思っていました。
人間もそうなんですが、生きものたちは、時々、こうして、自分勝手に勘違いをすることがあります。
「あの少女は、正しい。自分が、白鳥を運んでいるんだ。」亀さんは、嬉しくてたまりません。
しかし、そのうちに少年と少女は、取っ組み合いの喧嘩をはじめてしまいました。口喧嘩では、負けてはいなかった少女も、力では、少年にはかないません。最後には、とうとう押さえ込まれて、負けてしまいました。
少年は、少女に「さあ、許して欲しかったら、大きな声で、白鳥が亀を運んでいるといえ。」と命令をしました。
亀さんは、それを見ていて、理性を失ってしまいました。
少女が、「白鳥が、亀を」といったとき、亀さんは、大声で、「違う~~。」といいながら、地上めがけて落ちていきました。やってはいけないことなのに、うっかり口をあけてしまったのです。
少年と少女がいる近くには、大きな岩があり、そこに、亀さんは、墜落してしまいました。
あまりに高いところから、落ちたので、岩にぶつかって、かめさんの体は、こなごなに砕け散ってしまいました。そして、その亀さんの砕けた体の一部が、少年の脇の下に当たり、ものすごい匂いがあたりに漂いました。
少年も少女も、気持ちが悪くなって、すぐに家に帰って、体を洗いましたが、少年の脇の下の匂いは、いくら体を洗っても、消えませんでした。
それからというもの、男性の脇の下は、亀の匂いがするようになったとタイではいわれています。
Copyright(c) 1997 北風剛
無断複製、無断頒布厳禁