2019年9月14日土曜日

朝鮮についてのお勉強

日本と韓国・北朝鮮との間には、いろいろな問題があるし、新しい問題も起きています。

世界中、お隣同士は仲が悪いものです。

昔は、海を渡るには船しかなかったわけですし、海を渡るためには、船や航海術や経済力も必要だったわけで、戦争や内乱や権力争いが起きた場合、負けた側は、だいたい、半島に逃げます。

半島の先は海で、そこから先に行けるのは限られた人です。

歴史上、朝鮮半島に移住して帰化した人たちには、中国の漢族をはじめ、女真、契丹、ベトナム、モンゴル、ウイグル、アラビアからの人びとがいるそうです。

中国の中には、各時代のいろいろな民族もいます。

帰化した動機の大部分は政治亡命というか祖国からの逃亡でしたが、犯罪から逃れるためとか国際結婚とか、今と変わりません。

朝鮮には、そうした帰化した外国人に由来する外国姓氏があって、多いのは中国系ですが、他にモンゴル系、女真系、ウイグル系、アラビア系、アヨーディヤー系(インド)、ベトナム系、日本系などもあります。

日本系と言えば、最近はじめて知ったんですが、沙也可(さやか、1571年? - 1642年)という人がいたんだそうで、まだ、いろいろとはっきりしていないことはあるようです。

豊臣秀吉の朝鮮出兵で有名な文禄・慶長の役の時に、加藤清正の配下として朝鮮に渡った武将の1人が、3000人ともいわれる部下と投降して朝鮮軍に加わり、火縄銃の技術を伝えて日本軍と戦ったという説もあるそうです。

現代でも、伊藤博文と並んで秀吉は、韓国人に嫌われている日本人の代表ですが、その部下に、日本を裏切って朝鮮のために戦った人がいたんだとすれば、もっと有名でもいいような気もします。

火縄銃の技術を朝鮮に伝えたんだそうで、現代ならさしずめサムスンのために働いた日本人技術者みたいなモノかもね。

その功績を称えられ朝鮮王から金海金氏の姓を賜り、金忠善と名乗って帰化人となったんだそうです。

現在の大邱近郊の友鹿に土地を与えられたそうです。その後も女真族による侵略を撃退するなどの功績により、正二品の位階まで昇進したそうです。

戦国時代の日本人は、戦ばかりしていたわけで、たぶん、当時の世界でも相当に強かったんでしょうね。

wikiにはいろいろと興味深い説についても書かれています。

賜姓金海金氏(しせいきんかいきんし)ともいわれる友鹿金氏の祖が、沙也可です。

韓国の最大の氏族集団・金海金氏と血縁関係はないです。 本貫は、慶尚南道金海市。現在の友鹿金氏人口は、約7000人だそうです。

金海金氏一族には、金海許氏という一族もあり、ルーツはインドのアショカ王の家系に繋がり、インドから漂流して金海にたどり着いてその後、首露王に見初められ王妃となったそうです。

朝鮮には、本貫という家系があるので、被差別階級以外は、自分たちの出自がはっきりとわかるようです。

日系朝鮮人としては、ほかにも沙也可と同じようにして帰化した咸博金氏(4579人)とかがいるようです。

今の日韓関係ですから、肩身の狭い思いで生きているのかも知れません。

でも、日本併合時に、日本が、被差別階級にも姓を与え、身分制度や差別を禁止し、学校にも通わせたわけですし、インフラを整備し、学校も増やし、衛生状態も向上させて人口も増えたわけで、そうしたすべてを全否定するかのような韓国の歴史教育は、フェアーではないと思う。

まあ、それまで両班という貴族制度にあぐらをかいていた階級からは、恨まれているかも知れませんが。。。。