1932年6月24日にタイ王国で勃発した立憲革命で、タイはそれまでの絶対君主制から立憲君主制へと移行しました。
時のラマ7世は、1935年3月2日には、滞在先のイギリスで退位を発表しています。
ラマ7世については、ラマ5世、ラマ6世と続いた、華麗なる西欧化の裏で、王室の財政が負債にまみれていたことから、財政引き締めや公務員の人員整理などを行い、いろいろなところからの反発を買っていたようです。
ベトナム戦争の頃のタイは、中国で教育を受けた人たちを中心に非合法な共産主義者たちも暗躍し、民主化を求める学生たちと、1973年と1976年に大きな混乱を経験してきています。
当時の共産主義者たちが、のちの赤シャツ運動の中心にいます。
このところ、テレビや新聞でよく取り上げられているChaturon Chaisang氏も、当時の学生運動のリーダーの一人だったそうで、逮捕から逃れてジャングルに逃げ込み、その後、政治家だった父親のコネクションでアメリカに行って、大学で経済学のマスターディグリーを取得して帰国、その後、政治家となっています。
チャワリット将軍のNew Aspiration Partyに入り書記長まで務め、その後は、タクシンのThai Rak Thai Party (TRT)からジンラックの時にはPheu Thai Partyで彼女を支えていました。
2018年からは、プアタイを分割して、もしも解党させられても大丈夫なようにと、Thai Raksa Chart Partyの中心人物の一人として、翌年の総選挙に備えていました。
2019年の2月8日に、党からの首相候補としてラマ10世の姉であるウボンラタナ王女を発表し、大きな話題になったわけですが、その後、ラマ10世から、相応しくないとの発表があり、Thai Raksa Chart Partyは解党となり、中心人物たちには、10年間の公民権停止が決定しています。
反政府側に、有名な大物が少なくなっているので、政治家としての経歴もすごいですし、彼が注目されているのかもしれません。
もう一人、注目されているのが、京都大学東南アジア研究所のパビン・チャチャバルポンプン准教授です。
彼は、不敬罪などの容疑でタイから国際手配されている人物で、日本に政治亡命を求めて難民申請をしたことなどでも有名でした。
昨年7月には、滞在先で、何ものかに深夜襲われたと警察に届けたとも報道されました。
以前からLGBT方面の人物じゃないかとの噂もありましたが、最近では、もう、隠してはいないようですね。
で、一昨日のタマサート大学ランシットキャンパスでの反政府集会に、オンラインで巨大スクリーンに登場し、彼が準備したビデオを写しだして、大問題になったようです。
彼は、もともと反王制論者ですし、京都大学には、多くの左翼学者がいることでも有名ですが、日本を巻き込んでは欲しくないです。
王制改革の10箇条も彼の考えじゃないかと思いますね。
日本でも、最近は、テレビや新聞も、どこが左翼で、どこが愛国とかわかってきていますが、タイに関する報道も、そういった所もしっかり見ていった方がいいと思います。
朝日新聞の見方とか、日本経済新聞の見方あとか、共同通信は、ロイターは、BBCやNYTはとか、自分たちの考えによって、報道も偏向します。
学者とか専門家が、いつも正しいわけではないということは、今回の新型コロナの件ではっきりとわかってきたと思います。
いい加減な人とかウソつきとか、本当にびっくりしちゃいます。
自分の利益や売名や自分の属している組織や国のために頑張っている人もいるようです。