小学校のころは、夏休みの宿題などほとんどやったことがなかったです。
勉強は退屈で大嫌いでした。
購入したのか、何かの付録だったのか、覚えていませんでしたが、昆虫採取の道具とか、標本づくりのために捕まえた昆虫に防腐剤?を注射するための注射器とかもついていて、今から思えば、針も注射液もついていたので、かなり危険だったのではないかと思います。
昆虫はあまり好きではなかったけど、でもトンボとかセミとか、蝶とか、いろいろと捕まえて標本にしました。
セミは、家や近所の木にいたし、幼虫から成虫になる様子なども見ることができました。
標本というと、岩石の標本とかもあって、いろいろな岩石の違いが判りました。雲母が好きでした。
近くの一級河川の川原には、無限に石ころが転がっていましたが、珍しい石ころを見た記憶はなかったです。興味がなかったのでしょう。
子供のころから両生類と爬虫類は大の苦手でした。きっと、まだ小さな哺乳類だった頃に、恐竜やオオトカゲや大蛇に殺された仲間たちの記憶がDNAに残っているのでしょう。
毒蛇としてはマムシやヤマカガシを見たこともあったし、アオダイショウは、よく見ました。見たらすぐ逃げるから噛まれたことはありません。
田舎には、毒を持つ野草とかキノコ類とか、昆虫などもいるわけで、危険がいっぱいです。
それに水難事故などもあります。私は、5~6歳だった頃にいとこたちにふざけて海に放り投げられて溺れそうな恐怖体験があったので、水に入ることはしませんでした。
今から思えば、たいした水深ではなかったのでしょうけど、水中では、濁った砂が巻き上がる海水の中、息苦しくてもがき苦しんだ記憶は、忘れられませんでした。
あの恐怖体験のために、水に入ると息苦しくなりました。ですから小中学校の夏の水泳時間には仮病でいつもプールサイドでした。
克服できたのは中三の時の体育の先生の一言で、「夏休みが終わって300メートル泳げない奴には高校入試の内申書を書いてやらない」のおかげで、夏休みに必死になって毎日練習して泳げるようになりました。
泳げるようになっても、やはり水は怖いから、頭を水面から出す平泳ぎ以外は、苦手です。
肉体の傷は癒えても心の傷は消えませんね。
