2018年3月7日水曜日

北斗七星物語  タイの民話から


むかしむかし、あるところに年老いた夫婦がいました。夫婦は、果樹園の中にある小さな小屋で豊かとはいえませんでしたが、とても仲良く暮らしていました。

この夫婦は、とっても信心深く、毎朝、小屋の前を通る托鉢の僧に、いつも、わずかばかりの食事を用意してささげていました。

ある日のこと、おばあさんが、おじいさんに「明日の朝なんだけど、家には、もう何の食べ物もないけど、どうしましょうか?」と聞きました。おじいさんは、おばあさんの話が聞こえないのか、黙ったままです。

おばあさんは、もう少し大きな声で、「お坊様にさし出す食事がないんだけど、どうしましょうか?」といいました。おじいさんは、不機嫌そうに、おばあさんを見ながら、「そんなどうでもいいようなことをどうして心配するんだ。」といいました。

おばあさんは、「だって、もしも、食事を用意しなかったら、明日は、お坊さんも、何も食べるものがないんだよ。」というのでした。おじいさんは、ますます不機嫌になって、「うちが、用意しなくても、よそのうちが用意するから、さあ、気にしないで寝なさい。明日も仕事がいっぱいあるんだから。」といいました。

おばあさんは、信心深いですから、毎朝、托鉢の僧に差し出す食事の用意ができなかったら、今度生まれ変わってきたときに、きっと、食事に困ることになるのではないかと心配でした。

タイでは、よい行いをしたものは、次に生まれ変わったときには、幸せになり、悪い行いをしたものは、次に生まれ変わったときに、苦労すると信じられています。

おじいさんは、おばあさんの気持ちがよくわかっているので、いつまでも、床に入らないおばあさんに向かって、「じゃあ、せめて、果樹園にある果物だけでも、用意しなさい。」といいました。「食べられる果物は、全部売ってしまったし、残っているもので、お坊様に差し上げることのできるものなんてもうありません。」とおばあさんは、いいました。

「この時期は、どこの家でも、大変だし、お坊様も、きっと十分な食事ができないだろう。」おばあさんは、まだ、心配で寝ようとはしません。

おじいさんは、もう眠いんだけど、おばあさんのことも心配だから、いろいろと考えた末に、「仕方がないから、大切に飼っている親の鶏を殺して、それで料理を作って、お坊様に差し上げよう。」といいました。

タイのお坊様は、殺生(生き物を殺すこと)はしませんが、差し出された、動物の肉は、食べるのです。

おばあさんは、おじいさんの話を聞いて、びっくりしました。大切に飼っている鶏は、殺したくありません。卵を産むし、6羽のひよこもいます。でも、やっぱり、お腹をすかせたお坊様のことを思うと、自分たちの食欲のために殺して食べるわけではないし、それ以外に方法がないのかなあと思いながら、眠ってしまいました。

小屋の床下にいた、親鳥が、その二人の話を聞いていたのです。

昔のタイの家は、高床式といって、床が地面から1m以上も高くなっていて、洪水があっても、大丈夫なようなつくりでした。そして、床下には、豚や鶏を飼っていたのです。今でも、地方に行けば、高床式の家をたくさん見ることができます。

親の鶏は、自分の運命を知り、急いで、ひよこたちのところにいきました。自分の運命は、仕方がないことだとあきらめはつくけど、でも、あとに残されるひよこのことを思うと、涙がとまりません。

親の鶏は、ひよこたちに話し掛けました。「みんな、よくきくのよ。お母さんは、明日の朝、この家のご主人に殺されてしまうでしょう。」

ひよこたちは、びっくりしました。

「でも、それは仕方がない運命なのです。この家のご主人は、私を殺して、それで、お坊様に差し上げる食事を作るんです。」

「わたしからの最後の教えだから、よくきくのよ。」

「兄弟姉妹仲良く、けんかをしないで、いつも、一緒に暮らすのよ。」

ひよこたちは、大切なお母さんが殺されてしまうことなど信じられません。悲しくて、親の鶏の胸元に集まってきました。「お母さん、なんとかならないの?お母さんなしでは、生きていけない。」

親の鶏は、ひよこたちに向かっていいました。「この世の中には、自分の意思ではどうにもならない運命があるんだし、私は、お腹をすかせたお坊様のために殺されるんだから、悲しんではいけないのよ。」

「あなたたちには、まだ未来があるし、楽しいこともいっぱいあるんだから、とにかく、この小屋のまわりで、餌を探して、遠くに行ってはいけません。遠くに行けば、恐いけものがいっぱいです。それから、小屋の中に入ったらいけませんよ。ご主人様のものを食べたり、家の中を散らかしたら、叩かれます。畑の野菜も食べてはいけません。」

「お行儀よくしていれば、お主人様は、かわいがってくれますから。」

親の鶏は、夜がふけるまで、自分の経験の中から、生きるための知恵をひよこたちに話して聞かせました。

そして、運命の朝が来ました。

親の鶏は、子供たちに向かって、「さあ、これから私は、殺されるでしょうから、私のために祈ってください。そして、今度生まれ変わってきたときにも、同じように、親と子でいられるようにと祈りなさい。」といいました。

「わたしは、お坊様とこの家のお主人たちのために、喜んで死んでゆきます。」といいながら、床下から外に出てゆきました。

途中まで行って、親の鶏は、もう一度、ひよこたちのところにもどってきて、一羽一羽をそっと抱きしめました。親の鶏の瞳からは、涙が流れていました。

「お母さんが死んでしまったら、誰が、私たちの世話をしてくれるの?誰が、生きることを教えてくれるの?いやなことがあったときに、誰が、そっと抱きしめてくれるの?」

小屋の外では、起き出した、おばあさんが、食事の支度を始めました。火をおこして、土鍋に水を入れて、火にかけました。

おじいさんは、表に出て、親の鶏を捕まえました。そして煮えたぎる土鍋の中に、鶏を入れました。

そのとき、床下から、飛び出してきた6羽のひよこたちが、次から次へと、自分から、土鍋の中に飛び込んでゆきました。

ひよこたちは、自分たちの未来よりも、親の鶏と一緒に死ぬことを選んだのでした。母親と一緒に死んで、お坊様の空腹を癒すことで、自分たちの祈りがかなえられることを望んだのでした。一緒に死んで、一緒に生まれ変わることを祈りながら。

そして、親の鶏と6羽のひよこたちは、北斗七星となって、永久に、北の夜空に輝いているのです。

タイ語では、北斗七星のことダオ(星)ルーク(子供)ガイ(鶏)と呼んでいます。


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