現代人に純血を求めるのは無理ですが、縄文人ぽいという特色は濃淡があるのではないかと思います。
例えば、髪の毛が直毛かくせ毛かとか、体毛が濃いか薄いかとか、瞼が一重か二重かとか、目が細いかどうかとか、骨太で筋骨隆々かどうかとか、彫が深い顔立ちかとか、耳垢にはカサカサした「乾性」とネバネバした「湿性」かとか血液型がA型かどうかとか、まあ、いろいろなことが言われています。
私の場合には、ほぼ縄文人の特徴を持っていて、弥生人ぽくはないと思います。
両新を見ると、母に縄文人ぽさが多い気がします。
そんな自称縄文人ぽい私は、子供のころから、魚釣りとか魚とか小動物をとるのが好きでした。
小さいころは、歩いていける近所の池とか小川で鹿魚釣りはできませんでしたが、ミミズをエサに、フナとかコイとかがよく釣れました。
他にはアメリカ去りガニとかカエルなども釣れました。
ドジョウやウナギやナマズなどもたまには釣れたり、手づかみでとったりもしました。
少し大きくなって自転車で遠征ができるようになると一級河川に行って、ウグイとかボラの小さなものとかハゼとか手長海老とか、もっといろいろな種類を釣りました。
ほとんどが単独行動で、好奇心あふれる悪ガキでした。
海釣りは父に連れて行ってもらうだけで、自分では道具もいろいろと必要だし、行くことはなかったです。
私は、自分で釣った魚は食べないので、持ち帰った魚は、ネコや鶏のエサだったのかな?
父と行く海釣りは、楽しかった。父のバイクに乗せられて数キロ離れた海岸に行くのがほとんどでしたが、防砂林があって、その先には砂浜が続き、海が見えるとわくわくしました。
父が投げ釣りをしている間は、砂遊びをしたり、夜釣りの時には、流木を集めて焚火をしたり、とても楽しかったです。
父がやっているのを見て、仕掛けの作り方とか、釣り針とテグスの結び方とか学びました。
海を見ていると、広くて大きい海の向こうには何があるのかとか、遠くを通る貨物船などを見ながら想像していました。
こうした体験は、まさに学校では教えてくれない体験で、人生にとっては非常に貴重だったと思います。
