300坪ほどの敷地のまわりは、ホソバという木の垣根で囲まれ、北西には大きなイチョウの木と竹藪があって、昔は時々あった火事の火の粉から家を守っていました。
夏ミカンの木やイチジクやザクロの木もあったし、柿やクリの木もありました。
かなりすっぱかったけど、ザボンの木もありました。柏の木もあったので柏餅なども自家製でした。
家にあった果実は、どれも好きではなかったです。柿は今でも好きではありません。
梅の木もありました。父は梅酒を作っていました。
父は多趣味な人でしたので、味噌も自分で作っていたし、豆腐とかこんにゃくなども自分で作っていました。
大根を干して沢庵をつけたりもしていましたが、父が作ったものはどれもおいしくないと、当時は感じていましたが、今食べたとしたら、どうかな?
木が多いから毛虫もいっぱいだったので、野鳥も毛虫を食べに飛んできました。ヘビも時々やっていていました。
そういった木の下には、三つ葉とかミョウガとか、フキとかも生えていましたが、子供のころは、そういったものはにおいがきつくて食べられませんでした。
ハラン(葉蘭)なんかも生えていて、時々、どこかのおじさんがもらいに来ていた記憶があります。
シュロの木もありました。他にも名前を知らない気がたくさん植えられていました。
植物園のようだったのは、祖父の趣味だったようです。
私が生まれるまでは庭には池があったそうですが、私が池に落ちるといけないと埋めてしまったそうです。
私は、そういった木々の価値を知らなかったので、いつも邪魔くさいだけでした。
木が多いと落ち葉も多いけど、木登りは上手になりました。木をつたって屋根に上ったりもしましたが、瓦がずれて雨漏りの原因を作ったことには気が付かなかった。
