ある日、中国の皇帝が、ヴェトナムの都に使者を送ってきました。この使者は、とても高慢な男でした。使者が到着する日、ヴェトナムの王様はじめ、大臣や役人が、そろって都の入り口まで、お出迎えに出ました。都の入り口の門には、大きくヴェトナム王国の門と書かれていました。
中国の使者が、門までたどり着いたときに、彼は、門を見あげて、「偉大なる中国の皇帝の使者が、このような門をくぐることは出来ない。」といいだしました。
使者は、そこから先に進むことを拒否しました。彼は、ヴェトナムの王様に向かって、「この門の上に橋をかけたなら、その橋を渡って、都に入ろう。」といいました。彼は、橋が完成するまで、門の前で野営して待つつもりだといいました。
王様は、どうしたらいいのかわかりませんでした。王様は、中国の皇帝の使者である、この男のご機嫌を損ねたくありませんでしたが、この使者のための橋を門の上にかけたなら、国家としての屈辱になってしまいます。どうしたらいいものか? どのくらいこの高慢な使者の時間を稼げるか? 王様は、悩みました。
王様は、知恵の働くことで有名なクインという男を呼びました。王様は、クインに事情を話したところ、彼は、しばらく考えてから、「王様、いい知恵が浮かびました。このわたしが、その傲慢な使者にこの国の門をくぐらせてごらんにいれます。」といいました。
あくる日、クインは、中国人の召し使いのかっこうをしました。彼は、鳥の羽で出来た扇を持って、中国からの使者にあいに行きました。
まず、使者のいるテントの側まで行って、使者にあえるチャンスを待ちました。
一人の役人が、使者のテントに入ってゆくときに、クインは、役人の後ろについて、テントの中に入ってゆきました。使者の座っている椅子の傍らにいって、鳥の羽で出来た扇を取り出して、一生懸命に使者に風を送りました。
しばらくすると、彼は突然扇で、使者の頭を強く殴って、大声で、使者を罵倒し、できる限りの駆け足で、テントから逃げ去りました。
はじめは、何事が起こったのかわけがわからなかった使者でしたが、我にかえって、椅子から飛び上がって、クインに向かって知っている限りの罵倒の言葉を叫びながら後を追いかけました。
使者は、侮辱され、頭を叩かれたことにひどく怒っていたので、中国の使者としての冷静さと礼儀を忘れ、ただひたすらクインを捕まえようと後を追い続けました。
クインは、追ってくる使者から捕まらない程度に一直線に都の入り口の門に向かい走りました。使者の後からは、使者の護衛と付き人達が、後について走ってきました。
使者の一行が、すべて門をくぐって、中に入ったときに、ヴェトナムの王様以下、大臣や役人たちが、うやうやしく使者を出迎えました。
使者が、追っていた男は、いつのまにか、どこかに姿を消していました。使者は、自分がはめられたことに気づいていましたが、すでに門をくぐった後でしたし、王様以下に出迎えられてしまった以上、いまさら門から出ていくことも出来ず、どうすることも出来ませんでした。ですから、王様に対して、礼儀正しくあいさつをし、温かく迎えられました。
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