1997年というのは、いろいろとあった年でした。
7月1日に香港がイギリスから返還された。そして、その翌日、7月2日にタイ政府によるタイバーツの変動相場制導入により、アジア通貨危機が始まった。
その時の政権は、チャワリット政権でした。タクシンは副首相で、変動為替相場で、巨万の富を得たのではないかといった巷の噂もありました。
私の妄想としては、香港にあった英国系財閥の資金が、シンガポールやタイに流れていくときに、なぜか変動為替に移行して、大儲けをしたのではと思っちゃいます。
まあ、そんな妄想話しではなくて、その年の11月にチャワリット政権が崩壊した際に、与党は、チャーチャイ・チュナワンを首相にしようとしたのですが、野党側は、民主党のチュワン・リークパイを首相にと連立を組み、当時の民主党幹事長だったサナン・カジョンプラサートが、与党の中から、13人を引っこ抜いて、数の上で優位に立って、第2次チュワン政権が誕生したのです。
ちなみに、サナンは、後にタクシン派に寝返っています。
そのサナンが引っこ抜いたのが、チャオプラヤ川の河口付近にあるサムットプラカーン県パークナムの街の「親分」(ジャオポー)として知られる政治家ワッタナー・アサワヘムなわけで、彼が、以前、苦しんでいた時に助けたのが、後に首相となるサマックで、サマックが、ワッタナーを「農夫とコブラ」の話の中のコブラではないかといったために、その後、裏切りをする政治家をコブラ(グーハオ)と呼ぶようになっています。
タイでアサーとかアチャーとかいう苗字は、だいたい中国語の「馬」という姓を持っていることが多いです。
アサワヘム一族は、芸能人と結婚をしたり、逮捕されたりと、今でも時々ニュースになります。
二人目のコブラと言われた政治家は、今回タクシン派か反タクシン派かと、どちらに就くのか注目を浴びている「タイ威信党」の陰の実力者、ネーウィン・チッドチョーブで、彼が、タクシン派を裏切り民主党に寝返ったことで、アピシットが、2008年12月17日に首相になることになりました。
その時にネーウィンを引っこ抜いたのが、当時民主党の幹事長だったステープで、アピシットが、今回の選挙で、軍を支持しないと発言したときに、ステープが激怒して、「お前を首相にしてやったのは誰だか忘れたのか」と発言しています。
で、今回は、コブラがでるのかどうかが注目されているのだそうです。
日本なら、飼い犬に手を噛まれるですが、さすがに南国だとコブラなんですね。
農夫とコブラ
その農夫は、思いっきり息を吸い込みながら背伸びをしながら腰を伸ばし、一日の作業を終えようとしていました。
稲は、今年もよく実り、あとは収穫を待つだけといった季節でした。
農夫は、煙草に火をつけ家路につきました。
田圃の中の小道を、煙草を吸いながらゆっくりと歩いて行く農夫には、お帰りなさいと迎える子供も、夕食の支度をしている妻もいません。彼は、一人ぼっちでした。
ですから、彼は、急いで家に帰る必要もなく、まわりの景色を見ながら、煙草の煙を吐き出しながら、のんびりと歩いていました。夕日が、目に入らないように、帽子を深めにかぶり直すこと以外に、特に何もすることもありませんでした。
農夫は、まわりの人から頼まれれば、嫌な顔一つせず手伝うし、農作業でも手を抜くことをせず、もくもくと働く善人でした。
農夫は、農作業で得るお金で足りるだけの慎ましやかな生活を送っていましたし、小さな家の中には必要なもの以外には何もありませんでした。
村の人はみんな、その農夫のことを、優しい心の持ち主だとたたえました。
ある日、農夫は、いつものように家に帰る小道で、ぐったりとした大きなコブラを見つけました。農夫は立ち止まって、しばらく様子を見ていましたが、コブラは怪我でもしているのか、まったく動こうとはしませんでした。
農夫が近づいて、コブラを見ると、コブラも農夫の方を見ているようでしたが、襲い掛かるそぶりは見せず、じっとしたままでした。
農夫が、もっと近づいてコブラを見ると、そのコブラは、体の模様でよく見えなかったのですが、深い傷を負っているようでした。
農夫が、手を触れようとしても、襲い掛かることも出来ず、ぐったりしていたので、農夫は可哀相になって、たぶん死んでしまうかもしれないけど、傷の手当てをしてやろうと決心しました。
農夫は、コブラをつかみ、両手で抱え、家に急ぎました。
みんながいうように、農夫は本当に心の優しい人で、コブラの傷の手当てをして、食べ物を与えました。まるで母親が、子供に対するように、次の日も、次の日も、コブラの世話をしました。
その甲斐あって、ついにコブラは、動けるようになりました。コブラは、明るいところが嫌いなようで、農夫の小さな家の中を動き回って、暗がりを見つけて、そこに居着きました。
農夫は、今までと変らない毎日でしたが、それでも、家の中に生き物がいるのが、嬉しいようで、前よりも作業を終えてからの足取りが、いくらか速くなったようでした。
幾日か経って、農夫は、このコブラに、まだ名前を付けていなかったことに気がつきました。そこで農夫は、家で飼っているのだから、名前を付けてやろうと思い、いつもの暗がりに行って、様子を見ることにしました。
コブラは、水がめの影でとぐろを巻いて眠っているのか、じっとしていました。農夫は、近づいて、ひざまずき、そっと手を差し出しました。
その時、眠っていると思ったコブラが、突然、鎌首をもたげ、農夫の手に噛み付きました。
農夫は、コブラの猛毒でほんの数分で死んでしまいましたとさ。
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