インターネット上の情報によれば,5月19日(日)15時頃から,首都バンコクにおいて,民主活動家が政治集会を開催するとの情報があります。詳細は以下のとおりです。
15時頃 アマリンプラザ(Amarin Plaza)(BTSチットロム駅近く)に集合
17時頃 ラチャプラソン(Ratchaprasong)交差点(エラワン廟と商業施設セントラルワールドのある交差点)へデモ行進
18時頃 声明発表
19時頃 追悼献花
20時頃 終了
2010年の反政府デモ犠牲者追悼,軍政権力継承反対,運動家への暴行中止呼びかけ等を目的としているとのことです。
つきましては,在留邦人及び旅行者の皆様におかれましては,不測の事態に巻き込まれることのないよう,最新の関連情報の入手に努めるとともに,可能な限り会場及びその周辺には近づかない等,安全確保に十分注意を払って下さい。
(問い合わせ先)
○在タイ日本国大使館領事部
電話:(66-2)207-8500,696-3000
FAX:(66-2)207-8511
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2010年の反政府デモというのは、時のアピシット政権が、2010年5月19日、3月よりバンコク都内を占拠していた反独裁民主戦線(赤シャツ)の市民デモ隊に対し、国軍を投入する強硬手段を行使した時のことです。
デモや集会に対し、突然軍が出てきて発砲したのではなくて、それまでに、赤シャツによるものと見られるいろいろな挑発もあったわけです。
1992年5月の「血の5月事件」の時でもそうでしたが、政府側も反政府側も、そうした挑発的な暴力は、お互いに自分たちではなくて、第3者がやっていると主張しました。
タイの混乱時には、必ず、いわゆるムー・ティー・サームというタイ語が、登場します。
タクシン派にもかなり多くの軍人や警察官がいますから、認めないけど、裏の行動部隊もいると思われます。
2010年の時には、セーデーンといわれていたタクシン派の影の部隊のリーダー・カッティヤ・サワディポン陸軍少将が、3月13日に赤シャツが集会をやっていた場所のひとつルンピニー公園前で狙撃されて死亡しています。
タイの軍隊や警察の中には、闇のビジネスを担当する人たちがいるとの噂もあります。セーデーンの名前は、一般のタイ人の間でも有名でした。
彼の部隊によって、政府側にも、多くの死傷者が出たといわれています。
まあ、とにかく、どっちもどっちで、普通のデモ隊や反政府集会とは違って、砲火はするは、爆弾や銃弾が飛び交うしで、まあ、普段の温和なタイ人からは想像できないくらい恐ろしいわけです。
どちらか一方の話だけ聞いていると、相手側が、もう悪魔のように思えてしまうから、注意が必要です。
こちらのサイトを見ると、詳しい状況がわかります。
1992年の「血の5月事件」の時にもバンコクにいたわけですが、テレビの映像を見た限りでは、平和な市民集会などではなくて、警察や軍に対して、奪った市バスで突っ込んでいったり、バイク部隊が、街中を走り回って、破壊行為をしたりと、まあ、すごかったです。
ムー・ティー・サーム(第三者)の可能性もありますが、私の目には、反政府側にも武闘派がいたと思います。
そういった過去の対立を見ると、民主党とタクシン派との連立は無理だと思いますし、もし、プラユット首相が新しい首相に選ばれたり、タクシン派の首相が誕生したりすれば、再び、混乱し、ムー・ティー・サーム(第三者)が火をつけたり、発砲したりするような事態もなきにしにあらずで、それだけは、やめて欲しいです。
デモや集会に対し、突然軍が出てきて発砲したのではなくて、それまでに、赤シャツによるものと見られるいろいろな挑発もあったわけです。
1992年5月の「血の5月事件」の時でもそうでしたが、政府側も反政府側も、そうした挑発的な暴力は、お互いに自分たちではなくて、第3者がやっていると主張しました。
タイの混乱時には、必ず、いわゆるムー・ティー・サームというタイ語が、登場します。
タクシン派にもかなり多くの軍人や警察官がいますから、認めないけど、裏の行動部隊もいると思われます。
2010年の時には、セーデーンといわれていたタクシン派の影の部隊のリーダー・カッティヤ・サワディポン陸軍少将が、3月13日に赤シャツが集会をやっていた場所のひとつルンピニー公園前で狙撃されて死亡しています。
タイの軍隊や警察の中には、闇のビジネスを担当する人たちがいるとの噂もあります。セーデーンの名前は、一般のタイ人の間でも有名でした。
彼の部隊によって、政府側にも、多くの死傷者が出たといわれています。
まあ、とにかく、どっちもどっちで、普通のデモ隊や反政府集会とは違って、砲火はするは、爆弾や銃弾が飛び交うしで、まあ、普段の温和なタイ人からは想像できないくらい恐ろしいわけです。
どちらか一方の話だけ聞いていると、相手側が、もう悪魔のように思えてしまうから、注意が必要です。
こちらのサイトを見ると、詳しい状況がわかります。
1992年の「血の5月事件」の時にもバンコクにいたわけですが、テレビの映像を見た限りでは、平和な市民集会などではなくて、警察や軍に対して、奪った市バスで突っ込んでいったり、バイク部隊が、街中を走り回って、破壊行為をしたりと、まあ、すごかったです。
ムー・ティー・サーム(第三者)の可能性もありますが、私の目には、反政府側にも武闘派がいたと思います。
そういった過去の対立を見ると、民主党とタクシン派との連立は無理だと思いますし、もし、プラユット首相が新しい首相に選ばれたり、タクシン派の首相が誕生したりすれば、再び、混乱し、ムー・ティー・サーム(第三者)が火をつけたり、発砲したりするような事態もなきにしにあらずで、それだけは、やめて欲しいです。