遠い遠い昔、一人の年老いた予言者がいました。ある日、老人は、近いうちにこの世は大洪水にみまわれるから、助かりたいものは、食料を持って一番高い山の頂に行った方がいいと予言しました。
しかし、ほとんどの人々は、老人の話に耳をかたむけませんでした。そればかりか、この老人をみんなして笑って馬鹿にしました。この老人の奥さんと娘のザ・トゥアと老人を知っているほんの少しの村人だけが、老人の予言にしたがって、持てる限りの食料を持って家畜をしたがえて、一番高い山に向かいました。
丁度、みんなが一番高い山の頂上まで辿り着いたときに、この予言をした老人は、息を引き取りました。すると、まるでそれが合図のように、大雨が降り始めました。あっという間に、村中が洪水になって、老人を笑った人々は、もはや家から出ることが出来なくなってしまいました。はじめのうちは、仕事も出来ないからと、家の中で、食べたり飲んだりしていた人も、その内に退屈して、歌ったり踊ったりしはじめました。
しかし、いつまで経っても降り止まない雨に、人々は、だんだんと不安を隠せなくなってきました。だんだんと水位が上がって、家が水に沈もうとするときになって、はじめて、人々は、泣き叫び、老人の予言を信じなかったことを後悔しました。泣き叫ぶ人々も家も丘も沈んでいっても、雨はまだまだ止みませんでした。
一番高い山の頂にいるザ・トゥアたちだけが無事でした。けれども、真っ黒な水は、もう頂に近いところまで来ていて、時々大きな波が打ち寄せてくるので、みんな恐怖にふるえていました。
打ち寄せる波しぶきが、まるで、ザ・トゥア、ザ・トゥアと呼んでいるように、みんなには聞こえてきました。ザ・トゥアの近くにいた人が、ザ・トゥアの髪の毛を一本抜き取って、水に放り投げると、水嵩が30cmほど下がりました。髪の毛一本で、水嵩が引いたのだから、ザ・トゥアが、生け贄として、身を投げれば、このいまいましい洪水も乾いてしまうにちがいないと、人々は囁きはじめました。
「ザ・トゥア、お願いだから、みんなのために犠牲になっておくれ。」と人々はいいました。ザ・トゥアは、わかりましたといって、ザ・トゥアは真っ黒な水に身を投げることを承知しました。
人々は、救われることを密かに喜びました。しかし、ザ・トゥアの母親だけは、悲しみに打ちひしがれて、泣き伏してしまいました。
母親の耳元で、ザ・トゥアが、「お母さん、悲しむのはもうやめて。わたしは、人魚として生まれ変わって来るるから、お母さんは、塩になればいい。そうすれば、人魚のわたしと、塩のお母さんは、いつも一緒にいられるから。」と囁いて、身を投げました。
すると、不思議なことに、水は、あっという間に引いてゆきました。人々は、喜んで、山を下りて、村に帰ってゆきました。村に帰って、新しい家を建て、人々は、今までと同じ暮らしをはじめました。
唯ひとり、ザ・トゥアの母親だけが、川のほとりにたたずんで悲しみの中で、どうしたら塩になれるのだろうかと考えていました。あまりの悲しさに泣き続けたために、彼女は、嘔吐しました。すると、吐き出されたものが、真っ白な塩になって、水に溶けてゆきました。彼女は、こうして、塩を川に流すことによって、人魚になった娘のザ・トゥアと一緒にいられることが出来るのだと、少し気持ちが楽になってきました。
現在世界中にいる人魚たちは、みんなこのザ・トゥアの子孫たちなのです。
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