2020年12月14日月曜日

九州唯一のストリップ劇場に幕

 九州唯一のストリップ劇場「A級小倉劇場」(北九州市小倉北区)が閉館することになった。新型コロナウイルスの影響で客足が遠のき、経営する木村恵子さん(69)の体調不良もあって約40年の歴史に幕を下ろすことを決めた。来年5月の大型連休までは営業を続ける予定だが、新型コロナの状況次第で前倒しする可能性もある。

今は、インターネットがありますから、女性の裸も手軽に見る事が出来る時代ですが、昔は、男性週刊誌も胸だけの時代が長かったです。

ですから、中学生くらいから、男たちは、昼も夜も女性の裸を妄想していたわけです。

おっぱいが見えなくても水着姿だけで大興奮でした。

中学とか高校では、おませな先輩や友人が、ストリップ劇場というのがあることを教えてくれました。

私の場合には、中学のスケベな先生が、ストリップというのは服を脱ぐという意味で、ストリップ劇場では、踊り子がじらしながら服を脱いでいくから、ストリップ・ティーズ【striptease】というんだと教えてくれました。

ティースというのはじらすという意味で、トローリングなどでも,ルアーや餌を大型の魚の前に流してじらす釣り方があります。

魚も人間もじらされると熱く燃えます。

で、ストリップ小屋とかストリップ劇場は、日本全国にあって、かなり盛況だった時代もあったわけです。

王道のストリップ小屋では、女性が音楽に合わせながら踊っていき、そのうち徐々に服を脱いで、胸をあらわにするわけです。

踊り子は、洋舞だったり日本舞踊だったり、色々と自分なりの出し物を考えるわけで、プライドを持った踊り子が多かったそうです。

多くの踊り子さんたちは、事情を抱え、苦労が絶えなかったりもするし、淋しさからヒモと一緒の踊り子さんも多かったそうです。

一条さゆりさんなどは、伝説の踊り子だったそうです。

そして、女性が変わるときに、漫才とかコントとかがあって、かっては、ストリップ劇場出身の渥美清さんとか長門勇、東八郎、関敬六さんなどやコント55号とかツービートとかもいたわけです。

お客さんたちは、女性の裸を見に来ているわけで、お笑いなどは二の次だから、演者も必死におもしろいことをしたりします。

都市型のストリップ劇場だけでなく、温泉町の寂れたストリップというのもあって、当然、酔っ払い相手なわけですし、出演する女性たちも年増だったり、事情のある人たちだったりするわけです。

こちらのサイトには、日本全国のかってあったストリップ劇場名があり、非常に興味深いです。

ストリップも、胸だけでなく、下半身も見せるようになり、そのうち、ステージに客を上がらせて、本番行為をするところまでエスカレートしたそうで、ドンドン取り締まりも厳しくなり、過激でないと客が集まらないけど、過激にすれば取り締まりにあうということで、徐々に衰退していったようです。

私の場合には、和歌山の八光ミュージックが、一番の思い出で、それまで見る事が出来なかったので、はじめて若い女性のあそこを目の前で見て、大いに感激しました。

あの時、幸いにもきれいなモノを見たことで、その後の人生も、女性は美しいと思い続けてきました。

女性が裸になったり、踊ったりするのは、世界中にあると思いますが、日本のストリップは、日本人らしく、ただ裸を見せるだけでない、ある種の芸術の域に達した人もいたのではないかと勝手に想像します。

エロビデオなんかもそうですが、洋物に比べて和物には、物語があったり、アートを感じる作品があるような気がします。手前味噌かな?

タイの地方自治

 アメリカの大統領選挙を見て、アメリカは合衆国で、各州ごとに法律が違っていたり、いろいろな自治権を有していたりで、州知事の権限が大きいことがわかります。

連邦政府 (Federal Government)- 州政府 (State Government)- 地方政府 (Local Government)の三層構造になっています。

詳細はこちら

日本の地方自治について

世界的に、中央政権に対して地方自治体の権利が、拡大している傾向があるように思えます。

地方自治体による条例なども注目されてきています。日本にありながら、日本ではないような地区が出来てしまう危険性もあるような気がします。

大きな選挙ではとても勝利できないマイノリティーでも、自治体の選挙の時に住民票を特定の地区に移動させるとか、裏ワザを使えば、地方自治体を自由に出来るでしょう。

さて、タイでは、20日にProvincial Administrative Organisation (PAO)の長を決める選挙が予定されていて、熱い選挙戦を戦っています。

タイ国の行政は、三層の行政組織により構成されていて、第一が中央行政機関 (Central Administration)で、第二が地方行政機関(Regional Administration)で、第三が地方自治体 (Local Administration)となっています。

地方行政機関が、政府内務省の管轄であり、タイの場合には、県知事は、内務省から派遣されています。

それに対して、地方自治体の長は、住民選挙で選ばれます。

権限は分けられていますが、それぞれに利権もあって、汚職などいろいろな問題があります。

現在の所、野党は、国会では少数派となっているので、美味しい権益も少なく、だったら、地方でと考えるのは当然でしょうね。

タイの地方自治に関しては、こちらでお勉強

タイにおける国と地方の新たな関係

地方自治制度の揺らぎ― NCPO統治下の汚職撲滅運動と地方行政への回帰

地方でも、与党と野党との戦いもありますが、それよりも興味深いのが、北部でのタクシン派の分裂です。

タクシン派であるプアタイ党から出ていく人たちが多くなっていて、Khunying SudaratやPokin PolakulやWatana MuangsookやPongsakorn Annanoppornなどの実力者たちも離党しています。

そして、タクシン派を支えてきた武闘集団UDD(赤シャツ)の中からも、イサーンのランボーやUDDの議長のチャトゥポンなどもタクシンから離れています。

その理由とされているのが、タクシンの妹でインラックの姉に当たる、デーン姐御のようです。彼女のツルの一言で、人事が決まったり、党方針が決まるので、それについていけない人たちが出ているようです。

デーン姐御の旦那は元内務相の官僚でソムチャイ元首相です。

結局、国民のことよりも、党のことよりも、自分達のファミリーのことしか考えていないという不満だとか。

タナトーンにしても、やっていることがタクシン一族と同じです。弟もお姉さんも色々と問題があると、最近話題になっています。

2020年12月12日土曜日

違法なことは儲かる?

 法律がある以上、法律を破る人はいるわけです。

人を騙してはいけないと法律を作っても、人を騙す人はいっぱいいますし、密輸はイケナイという法律があっても、密輸をする人はいます。

法律で禁止されていることをすると儲かることもよくある話で、違法な賭博とか、違法な売買春とか、違法な高利貸しとか、麻薬売買とか、密入国とか、捕まるリスクがあるほど儲かるようです。

このところタイでは、ミャンマーで働いていた女性たちが帰国後、新型コロナに感染していることがわかって、大きな話題となっています。

タイ北部チェンライ県と国境を接するミャンマー北東部シャン州タチレクから正規の国境を通らずに帰国し、新型コロナウイルス感染症対策の隔離措置を受けない「不法帰国者」のタイ人の感染が相次いで確認されている。7日時点で不法帰国者と接触した人を含めた感染者は38人に上り、首都バンコクでも確認され、市中感染の拡大への懸念が強まっている。

女性たちは、タチレクの「1G1―7ホテル」で働いていたそうで、同ホテルは、タチレクとメーサイの国境検問所からおよそ1.5キロメートルの位置にあるんだそうです。

タイ北部にある黄金の三角地帯と呼ばれるタイとラオスとミャンマーが接している一帯は、昔から麻薬の生産地かつ取り引きの中心地といわれてきています。

40年前にあった黄金の三角地帯のモニュメント

40年ほど前にチェンダオからラオスを見ている人たち

段将軍率いる国民党の残党とかクン・サ率いるモン・タイ軍とか今回話題になっているワ州連合軍やシャン州軍とか小説などにも取り上げられてきた話の舞台になっている一帯です。

日本軍が大きな犠牲を出したインパール作戦の目的のひとつが、中国の国民党を支援する英米が物資などの輸送に使っていた援蒋ルートを奪うことだったわけで、その援蒋ルートは、麻薬などの密輸ルートでもあったわけです。

北朝鮮から逃げ出した脱北者たちが、中国を縦断してラオスに入り、メコン河を渡ってタイに入り、タイの韓国大使館に逃げ込んで、バンコクからから韓国に逃げるルートは、テレビなどでも報道されてきています。

あのあたりは、表も裏も、色々とある一帯だそうで、世界中のジャーナリストたちも集まって調べているようです。

一時日本の赤軍派関係の人たちもあの辺にいるとかいないとかいわれていたこともありました。

東南アジアの国々は、意外と北朝鮮と仲良しのようです。

麻薬は、アヘンとかヘロインだったようですが、覚醒剤やケータミンなども最近は取り引きしているようです。

あのあたりは、国境を越えて行き来する少数民族が昔からいたわけで、無国籍の人たちの問題もあります。

今は国境がありますから、昔ほど自由には行き来できませんが、それでも、陸路や河を使ってこっそり行き来するルートはあるわけです。

40年ほど前に撮影したメーサイからミャンマーに渡る橋ですが、下を流れる河の川幅は、それこそ10メートルあるかないかといった感じで、誰でも、その気になれば、渡れるのではないかと思いました。

橋の手前と向こう側には、それぞれ検問所というかイミグレのようなモノがありましたが、タイ人やビルマ人はほとんどノーチェックで行き来できているようでした。あくまでも昔はの話です。

今年は、新型コロナで、いろいろと移動が規制されているのですが、あのあたりを牛耳っている裏社会の人たちや警察官や軍人たちにとっては、逆にビジネスチャンスと、いろいろとやっているのかも。

中国の裏社会の人たちは、カンボジアでもそうですが、カジノ付きのホテルを作って、そこで豪遊できるように、夜の娯楽施設も完備させるようです。

世界中、飲む・打つ・買うのセットは普遍のようです。アルコールや麻薬があって、博打があって、女遊びがあるということで、東南アジアの中では垢抜けているタイの女性たちの需要があるようです。

タイの風俗嬢たちも国内ではなかなか稼げないでしょうし、儲け話があればリスク承知で行動するのではないかと想像します。

このところ、いろいろな情報やビデオも出回っているようで、どこのホテルかわからないですが、半裸のホステスたちと飲食をしている中国のお金持ち風の男たちが、女性の胸を触っている映像をチラリと見ました。

アラブの大富豪とか中国の成金とか、人間、お金もをつと、やることは同じのようです。

中国の有名女優と同じ名前の麻薬王が、ラオスに港付きの巨大なカジノ街を作っているらしいですね。香港にある Kings Romansという、いかにもといった名前の会社のようです。

日本の政治家なども、お金が大好きな人だと、すでに中国の指示通りに動いているのかもね。売国奴は、◯◯に堕ちて欲しいな。

メコン河は、中国が上流にいくつものダムを造って、水量をコントロールしているので、ある時は、下流で洪水が起きたり、ある時は、水位が下がって船が通れなくなったりで、下流のラオスやタイやカンボジアやベトナムでは、不満がたまってきているようです。

中国は、世界中でやりたい放題、困ったモノです。

2020年12月11日金曜日

愛はかげろうのように

 人生を長いことやってきて思うことは、やっぱり、可能な限りいろいろな経験をしておいた方がいいということです。

昔から「若いときの苦労は買ってでもしろ」なんていわれてきていますが、死ぬまで苦労なしで生きていけるのなら、別に苦労しなくていいと思います。

ただ、ほとんどの人は、生きていく中で必ずといっていいほど苦労するわけで、苦労するときに、過去の苦労の経験が生きることはあると思います。

それと、ひとつ大切なことを忘れてはいけないわけで、後戻りできないような苦労はしてはいけないということです。

犯罪を犯すとか子供が出来ちゃうとか大病や大怪我をするとか、そういったことには十分に気をつけた方がいいと思います。

日本は島国で、まだまだ外国人に対する実体験が少ないですから、海外に出て、いろいろな外国人を見ることは、素晴らしい経験になると思います。

本当に外見だけでなく性格とか考え方とか、色々ですし、悪い人は桁外れに悪いですし、もちろんいい人たちもいます。

人を見る目を養うためには、やはり経験しかないと思います。

多くの人間は、遠いDNAを求めるのか、異邦人が好きですし、元気な遺伝子を求めるのか、スポーツをする人や不良が好きです。

でも、歳をとれば、みんな考え方も好みも変わりますね。

見てくれも大切でしょうし、経済力も大切ですが、やっぱり家庭的で優しい人がいいのではないでしょうか。

色々とネットで検索していたら、昔はやった歌が出てきました。

(愛はかげろうのように I've Never Been to Me

歌詞の内容は、老境にさしかかった孤独な女性が、親を呪い己の不幸を嘆く若い女性にむけて、真実とは何かを教えている。自分はあちこちを旅し、快楽も貪り悪いこともやったけど、愛に恵まれず、子どもをおろしてしまった。でも、真実とは、愛であり、愛を貫くことのできなかった私は、私自身に出会うこともできなかった、と。

これはwikiにある説明ですが、解釈はひとつではないような気もします。

ただ、不平不満ばかりいって、夢ばかり追っていると、気がついた時には取り返しがつかない孤独な人生となるみたいな歌詞ではないかと思います。

歳をとると、金銭のこととか健康のこととかだけでなく、孤独というのも大きいわけで、家族とか友人とか、ペットとか、自分の趣味を持っていないと、幸せとはいえないかもしれません。

2020年12月10日木曜日

新加坡,恭锡路 Singapore Keong Saik Road

シンガポールは、日本人にも人気が高い都市国家ですが、Republic of Singaporeとして独立国家となったのは1965年のことでした。

それまでは、マレーシアのひとつの州でした。

地理的な利点から、大航海時代から港町として開け、貿易港となって経済発展を続けてきています。

古くから海上貿易はアラブ人やインド人が得意とするところでしたが、その後、ヨーロッパ人や中国人も海上貿易に参加してきて、シンガポールに集まってきたわけです。

イギリス人は、どこの植民地でも、港の近くに市庁舎を作り、少し小高い丘に病院や学校や教会を作り、もっと上の方には自分達の住む高級住宅街を作るようです。

この病院や教会や学校というのが、なかなか優れたシステムで、病人や怪我人を治し、学校では簿記などを教え、宣教師や牧師などが、医師だったり看護師だったり教員だったりも兼ねます。

市民に愛されないと植民地経営は出来ないってことなんでしょうね。

シンガポールは多国籍の人たちが仲良く暮らしているイメージですが、でも、やっぱり中国系やマレー系やインド系などの間には、トラブルがないわけではないようです。

そして、明るい北朝鮮と揶揄されるような独裁国家ですが、経済が好調だし、ある程度の自由もあるわけで、多くの国民は満足しているようですし、満足できない人たちは、とっととオーストラリアとかニュージーランドとかカナダなどに移住しているようです。

今回の新型コロナでも、表に出てきましたが、シンガポールは外国人労働者たちを大量に受け入れていますが、厳しく区別していて、外国人労働者問題を大きくしないような法律の整備をしてきています。

日本は、そのへんウヤムヤにしているから差別とか批判されますが、最初から区別して法律を作らないのが間違いだと思います。

シンガポールやマレーシアやイスラム教の国には、鞭打ち刑があります。

シンガポールの法律は、なかなか厳しくて、有名なチューイングガムやゴミのポイ捨てとか、蚊の発生とか、ビシビシ罰せられます。

私は、1976年の暮れから、1年ほどシンガポールに滞在していましたし、その後も、10回以上訪れていると思いますが、この20年くらいは、ご無沙汰です。

私が暮らしていた頃のシンガポールは、今まさに大経済発展を遂げるといった時代の変わり目で、古いシンガポールも、まだ少しは残っていました。

オーチャード通りには、オーチャードカーパークの屋台もまだあったし、Keong Saik Roadやピープルズ パークで有名な中華街も、まだ、昔ながらの古びた建物が多い一帯でした。

港町ですから、世界各国からの船乗りや港湾労働者たちが多く、彼らのための赤線地帯とか、安宿とか、安い飲食店などもあったわけです。

私が住んでいた頃のシンガポールでは、朝食を屋台の福建焼きそばとかチャークイティオ をバナナの葉っぱで包んだモノをオフィスに持ってきて食べるとか、通勤の途中で、ニュートンサーカスの大きな屋台村にある醸豆腐 Yong Tau Fooとか、今はなきオベロイ・インペリアルホテル近くのRiver Valley Rdにあったバクテー(排骨茶)専門店でアッツアツのバクテーと白飯を食べるわけです。

バクテーにも色々とあるようですし、マレーシアのも有名ですが、私の原点はシンガポールのバクテーです。タイで言うところのパートンコーと一緒に食べるのも美味しいです。

海南鶏飯なんかも有名ですが、基本鶏肉は食べない私です。

魚の頭のカレーとかも有名でしたが、朝食ではないです。

赤線地帯は、朱い提灯が目印だそうで、恭锡路やゲイランが有名でした。

今から思えば、写真を撮ったり、いろいろと調べておけばよかったと大反省です。シンガポールの写真がほとんどないです。

一度現地の友人と一緒に、アヤシイ現地のバーに入ってビールを注文すると、女性が隣に座って下半身に手を伸ばしてくるという話が本当かどうかを探検に行ったことがありました。

本当でしたが、あまりに京劇の登場人物の女性のような厚化粧の高齢女性だったので、恐怖におののき逃げ出しました。

オカマさんたちが夜な夜な出没するというブギス・ストリートBugis Streetにも探検に出かけたことがありました。

こんな映像を見つけました。古いKeong Saik Roadの街並みや、赤線時代の話などがありますが、中国語がわからないから非常に残念です。

中国人の目線ですから、日本が昭南島を占領していた時代のことなどは、かなり、反日的なことを言っているようなことを感じました。

シンガポールは、もう完全に裏の顔を消し去っているようですが、港町と言えば、売春や麻薬や密輸や暴力団の存在が世界中、標準なわけです。

タイもドンドン、清潔な街に変わっているわけですが、私は、裏町とか路地裏とか、中華街の写真を撮るのが好きです。

タイでも、もっと写真を撮っておけばよかったと思うところがいっぱいですが、冒険をするには歳をとりすぎました。


2020年12月9日水曜日

日本大使館からのメール 反政府集会

 ・インターネット上の情報によれば、明日12月10日、以下の場所で反政府グループ等による政治集会が行われる見込みです。

・集会場所及びその周辺では、治安機関と反政府グループ等による衝突に発展するおそれもあります。

・先日までに実施された一連のデモでは、治安当局や体制派・反体制派間の衝突等も発生しており、また負傷者を伴う発砲事件が発生するなど緊張感が高まっています。

・今後不測の事態に備え、政治集会が行われている現場周辺への不要不急や興味本位での立ち寄りはしないで下さい。また周辺にお住まいの方は外出を控え、ご自身の身の安全を確保してください。なお、万一邦人の被害情報等に接した際は当館に御一報ください。


【バンコクにおける政治集会】

(1)日時:12月10日(木)10時頃から18時頃まで

場所:民主記念塔近くの10月14日事件記念塔(14 OCTOBER 73 MEMORIAL)

(2)日時:12月10日(木)10時30分頃から12時頃まで

場所:ラチャダムヌン・ノーク通り(Ratchadamnoen Nok Rd)にある国際連合ビル(United Nations Building)前

(3)日時:12月10日(木)16時頃から20時頃まで

場所:クルンガセーム通り(Krung Kasem Rd)にある社会開発・人間安全保障省(Ministry of Social Development and Human Security)


※集会予定日時・場所は、直前になって急遽変更される可能性もあります。

 

 つきましては、在留邦人及び旅行者の皆様におかれましては、不測の事態に巻き込まれることのないよう、お出かけの際には当館ホームページを御参照頂くなど、最新の関連情報の入手に努めるとともに、現場周辺には近づかず、安全確保には十分注意を払って下さい。

(問い合わせ先)

○在タイ日本国大使館領事部

電話:(66-2)207-8500、696-3000

FAX:(66-2)207-8511

所在地: 177 Witthayu Road, Lumphini, Pathum Wan, Bangkok 10330

(ウィタユ通り、ルンピニー警察署とMRTルンピニー駅のほぼ中間)


鎌と槌

 私の世代ですと、ロシアよりソ連の方が何となくわかりやすいというか、不気味さを感じます。

私は、1973年に横浜港からソ連の客船でナホトカまで行って、ソ連を横断してフィンランドまで行きました。

当然ソ連に入るためにはビザも必要でしたが、日本を出るところからフィンランドに入るまでがパックになっていて、船も列車も飛行機もホテルも食事も観光も込みでした。

モスクワ以外は、ほとんど車窓からしか見ていませんが、当時のソビエト社会主義共和国連邦の不気味な空気は肌で感じることが出来ました。

あの時から、社会主義とか共産主義には、肌が拒否反応を起こすようです。

ですから、タイに長く住んでいますが、ベトナムとかラオスとかカンボジアに行こうとは思わないです。もちろん中国も。

一時期、世界で唯一成功した社会主義国は日本だと言われたこともありましたが、世界中の社会主義国が、見事に失敗していると思います。

社会のシステムも重要ですが、もっと大切なのは人間性でしょうね。

自分だけがよければとか、強欲の固まりが指導者になったら、どんなシステムでも腐敗すると思いますね。

日本は、それなりに平等で自由で、かなり素晴らしい社会だったように思いますが、いつか、階級社会になり、訴訟社会になり、社会が分断されてきています。

さて、タイの反政府運動ですが、ここに来て、反政府グループの中にいる一部の正体がばれはじめてきているようです。

王制改革や民主政治もいいですが、求めているのが、共和制だったり、革命だったり、社会主義だったりするのでは、少し話も違うのではないかと思いますね。

 Free Youth groupのフェースブックに、おかしな図柄が登場しているというわけです。

ソビエト社会主義共和国連邦を知っている世代ならすぐにわかると思いますが、鎌と槌のマークです。

「鎌と槌」または鎌とハンマー若しくはツチカマとは、鎌と槌を組み合わせた標章。農民と労働者の団結を表し、マルクス・レーニン主義の共産主義や共産党のシンボルとして使われている。

鎌は農民の、槌はプロレタリアートの象徴なんだそうです。

要するに、タイの反政府運動には、王制を革命で倒し、共産主義・社会主義を取り入れた共和制を求めている人たちがいるということがはっきりしたということらしいです。

日本は、共産党は非合法ではないですが、タイでは、共産党は非合法です。

共産主義は、王制を認めませんから、日本でも共産党やその仲間たちは、皇室を認めていませんし、女系とか言い出しているわけです。

日本でも、60年代や70年代には、学生運動が吹き荒れ、反戦とか反米だけでなく、そこから、共産主義を染まった人たちがかなりいたわけで、彼ら団塊の世代を中心とした人たちが、今の日本での政治家や経済界や医師や弁護士など、いっぱいいて、まだ、中国や北朝鮮にような国に憧れているのか?って感じです。

間違っている政府を批判するのは当然だと思いますが、そこに共産主義とか社会主義が入ってきたら危険です。

共産党が独裁する国や社会主義国に日本がなった方が国民は幸せだと本気で信じているのかと疑問に思うわけです。

私は、あのバブル景気の前の日本が、かなりいい社会だったように思っています。

その後、拝金主義に走り、日本のいいところを捨てて、海外の悪いところばかりを真似て結果が今の日本で、かなりおかしな社会になってしまったのではないかと思います。

チェンマイ領事館からのメール タイの新型コロナ状況

 12月8日、チェンライ県当局は、不法帰国者1名(22歳女性)の新型コロナウイルス感染症の感染確認を発表しました。 

 同感染者は、11月29日ラーチャブリー県で感染確認された女性とともに不法にタイに帰国し、12月5日までチェンライ県メーサーイの自宅で夫と過ごし、自発的に民間病院で検査を受け陽性が確認され、その後12月6日チェンライ公共病院で再検査し、7日に感染が確認されました。なお、夫および濃厚接触者の友人は一時検査では陰性の結果となっています。


本年11月28日以降の当館管轄9県における感染状況(12月8日時点)(注:いずれも感染が最終的に確認された県で計上しています)

チェンマイ県 5名

チェンライ県 7名(チェンライ県で正規の国境検問を通過後、14日間の検疫隔離中に感染が確認されたものは計上していません。)

パヤオ県 1名


引き続き関連情報に注意して、検温、マスクの着用、こまめな手洗いやアルコール消毒、人混みを避け、ソーシャルディスタンスを確保するなど感染予防策に努めてください。

在チェンマイ日本国総領事館


2020年12月8日火曜日

12月8日は、真珠湾を奇襲した日

 12月8日といえば、ジョンレノンの命日と記憶していましたが、よく考えてみれば、日本が、日本時間1941年(昭和16年)12月8日未明、ハワイ時間12月7日)、日本海軍が、アメリカ合衆国のハワイ準州オアフ島真珠湾にあったアメリカ海軍の太平洋艦隊と基地を奇襲した日なんですよね。

この奇襲によって、日本は卑怯だと言われ続けることになるわけですが、実際には、奇襲の前に宣戦布告を米国政府に伝える手はずにはなっていたようで、いろいろな説があるようですが、外務省や在アメリカ大使館に非があったようです。

日本は、日本人によって、日本の名誉を傷つけられることがよくあるわけで、慰安婦問題でも、新聞社や政治家などによって、間違ったことが世界に拡散されてしまいました。

日本の新聞社やジャーナリストによって、日本の社会における性犯罪なども、かなり誤解されてしまっています。

wikiによれば、国際法において、戦争の当事者は一般的に国家であると考えられており、伝統的な慣習国際法の観点からは宣戦布告によって始まり、講和によって終結するものであると考えられる。

しかし、歴史上宣戦布告が行われず「実質戦争状態」に突入した事例が存在するため、現在ではこの形式は重要視されていない。

国際法も、いい加減なモノで、原爆投下や、大都市への無差別爆撃とか、赤十字船への潜水艦による攻撃とか、本来なら、とんでもなく国際法違反でも、勝てば官軍だったりもします。

開戦に至るまでの事情もいろいろと言われていて、敗戦国日本が、すべて悪いかのように言われることも多いのですが、当時の世界は、力のある国が、力のない国を植民地として搾取するのが当たり前の時代でしたから、米国もイギリスもフランスもドイツもやっていたことは、日本と変わらなかったわけです。

逆に日本は、大義名分だったかもしれませんが、大東亜共栄圏という構想で、アジアの植民地を解放しようとしていたこともありました。

まあ、満州国を作ったり、中国に攻め入ったりしたことは、大きな矛盾だとは思いますが。

ただ、日本としても、いつ、日本が植民地化されるかもしれないとか、ロシアが侵攻してくるかもしれないという不安もあったわけで、それに対しての防衛という意味はあったと思います。

日本の国民は優秀ですが、日本の政治家とか役人がだらしないときがあると思います。

戦争の時は、軍の司令部が、最低だったと思います。勝つためには何が必要かを理解していなかったとしか思えません。

ただただ攻めていけばいいとでも思っていたのでしょうか?

南の島々で戦った兵隊さんたちやインパールや中国の戦線で戦った兵隊さんたちは、食べるものもなく、砲弾も十分ではなく、敵だけでなく、飢えと風土病と闘って亡くなったわけで、司令部の責任は重いと思います。

現在でも同じですが、日本人の生命と財産を守らない政治家や役人は売国奴でしょうね。

悲惨な戦争を望む人はほとんどいないと思いますが、やむを得ず行う防衛のための戦争もあるでしょうし、戦争をしないための軍備や外交術もあるわけです。

日本は、戦争に負けたことで、人命も財産も名誉も失ったわけで、こうした日には、過去の反省も必要だと思います。

2020年12月7日月曜日

Harry Nilsson-Without You (1971)

明日12月8日といえば、1980年の12月8日の深夜にジョンレノンが殺された日です。

ちょうど日本帰国中で、突然のニュースにびっくりしました。

そんなことで、ジョンレノンについてwikiを読んでいましたが、「失われた週末("Lost Weekend")」のお相手メイ・パンさんに関しては、日本語がないんですね。

日本人にとっては、あんまり知りたくない女性なのかな?

Johnが彼女と一緒だった時期には、ポールとか息子のジュリアンとか、最初の奥さんのシンシアとかとの交流もあったようですし、けっこう幸せに暮らしていたような印象もあります。

ちょっと政治や人生哲学に疲れ、ハンブルグの頃のロックンロール時代を懐かしんで、酒とドラッグに溺れたのかな?

彼女の本を読んでいないから、妄想ですが、お互いに労働者階級の生まれ育ちで、上流階級出身の小野洋子さんとは違った魅力もあったのではないかと思います。それに若さもあったでしょうし。

あの頃の名曲といえば、愛の不毛 Nobody Loves You(When You're Down and Out)ですね。

あと、Johnは、ハリー・ニルソンのことをとても気に入っていて、ポールの代わりにビートルズに加入かといった噂まであったそうです。

私にとってHarry Nilssonといえば、「Without You」です。

ちょうどコペンのディスコでスローの曲としてよくかかっていて、その後、歌詞のように、失恋をしたので、1人で泣きそうになりながらよく聴きました。


2020年12月5日土曜日

サブスクリプション(subscription)

パソコンもソフトなければただの箱といわれた時期もありましたが、確かに、ハードだけでは何も出来ないのがパソコンです。

ハードとソフトがそろって、いろいろなことが出来るわけですが、ハードもドンドン進歩していくので、それにあわせてソフトも新しくなっていき、インテルとマイクロソフトが力を合わせて、パソコンが進化し、彼らが大儲けをしたわけです。

Wintelという言葉もあるほど、仲良しでした。

そんなにたいしたことするわけでもないのに、新しいCPUが出たとか、新しいウィンドウズが出たとかいわれると、必要でもないのに新しく買い換えたりするわけです。

時には、新しいハードや新しいソフトでないと、使えなくなることもあって、イヤでも新しくせざるを得ない場合もあります。

世の中にあるモノのほとんどに所有者がいて、家でも車でも家具でも、一度買えば、壊れたり、新しいのが欲しくなるまで、自分のものとして使うことが出来ます。

ソフトなんかも、一時期までは、一度買えば、次のバージョンに買い換えても、古いのも使えます。

新しいバージョンを買うほどのことはないと思えば、古いものを使い続けることが出来ました。

それが、2013年に「Photoshop] で有名なアドビシステムズが、それまでの「箱入りソフトウェア」の販売から、サブスクリプション方式での販売の転換を発表して、売り上げを伸ばしたわけです。

世界中で違法コピー版が氾濫していたわけで、それに対抗して、シリアル番号だけでなく、アクティベート方式も取り入れたりしていましたが、一度購入すれば、永久に使えるシステムではなく、安い料金で使えるけど、毎年更新していかないと使用できなくなるというシステムになったわけです。

このビジネスモデルの成功を見て、多くの会社が、同じシステムを取り入れはじめました。

マイクロソフトの「オフィス」なんかも、サブスクになりました。

今では、映画や音楽なども定額で見放題・聴き放題とか、いろいろな分野にも広がっています。

ジョンレノンの不朽の名曲「イマジン」の歌詞の中に、Imagine no possessions I wonder if you canってありますが、所有することのない世界を想像できますか? って、サブスクの世界では、もう所有などしなくても、好きなときに音楽を聴いたり、映画を見たり出来る時代です。

クラウドの世界にモノを置いておき、必要な時に使う時代です。

現代は、スマホひとつで、なんでもできちゃう世の中です。

でも、私のような昔の人間にとっては、所有がないということには、大きな不安もあるわけで、いつか、使えなくなったらどうしようとか、法外な料金を請求されたらどうしようとか、クラウドに置いたモノは、他人に悪用されるかもしれないし、通信やネットのトラブルが起きたらどうしようもないとか、やっぱり、自分の手元に置いて起きたわけです。

スーパーに行けば、いつでも飲み物も食べ物もトイレットペーパーもあるといわれても、家にも少しは買い置きが欲しいわけです。

骨董品の収集とか、趣味の収集とか、そんなの博物館や店に行けばあるじゃんという人と、いや、自分の家に置いておきたい人とがあるわけです。

ジョンレノンはNo need for greed or hunger  A brotherhood of manといいましたが、サブスクの時代でも欲望はあるし、飢餓もあるわけですし、人類みな兄弟ではないわけです。

だから食糧自給率は重要ですし、水は貴重です。

2020年12月3日木曜日

チェンマイ日本領事館からのメール

 チェンマイ県の発表によると、12月2日、チェンマイ県で新たに2名の新型コロナウイルス感染者が確認されました。


23歳と25歳の女性で、2人はいずれもミャンマーのシャン州タチレクに滞在し、11月26日、違法に帰国し、11月28日にチェンライ県メーサーイからチェンマイ県に移動していました。


なお、12月2日、パヤオ県で感染が確認された感染者は、11月29日にチェンライ県のシンハー公園でのコンサートに行っていたことが確認されています。当局は、同日このコンサートに行った者は14日間、予防のために自己観察するよう呼びかけています。


本年11月28日以降の当館管轄9県における感染状況(12月2日時点)(注:いずれも感染が最終的に確認された県で計上しています)

チェンマイ県 3名

チェンライ県 3名

パヤオ県 1名


引き続き関連情報に注意して、マスクの着用、手洗いやアルコール消毒、人混みを避け、ソーシャルディスタンスを確保するなど感染予防策に努めてください。

在チェンマイ日本国総領事館


2020年12月2日水曜日

大使館からのメール

 ・インターネット上の情報によれば、本2日16時頃から、以下の場所で反政府グループによる政治集会が行われる見込みです。

・集会場所及びその周辺では、治安機関と反政府グループ等による衝突に発展するおそれもあります。

・先日までに実施された一連のデモでは、治安当局や体制派・反体制派間の衝突等も発生しており、また負傷者を伴う発砲事件が発生するなど緊張感が高まっています。

・今後不測の事態に備え、政治集会が行われている現場周辺への不要不急や興味本位での立ち寄りは絶対にしないで下さい。また周辺にお住まいの方は外出を控え、ご自身の身の安全を確保してください。なお、万一邦人の被害情報等に接した際は当館に御一報ください。


【バンコクにおける政治集会】

日時:12月2日(水)16時頃から

場所: ラートプラオ(Lat Phrao)五叉路

※集会予定日時・場所は、直前になって急遽変更される可能性もあります。


   つきましては、在留邦人及び旅行者の皆様におかれましては、不測の事態に巻き込まれることのないよう、お出かけの際には当館ホームページを御参照頂くなど、最新の関連情報の入手に努めるとともに、現場周辺には近づかず、安全確保には十分注意を払って下さい。

(問い合わせ先)

○在タイ日本国大使館領事部

電話:(66-2)207-8500、696-3000

FAX:(66-2)207-8511

所在地: 177 Witthayu Road, Lumphini, Pathum Wan, Bangkok 10330

(ウィタユ通り、ルンピニー警察署とMRTルンピニー駅のほぼ中間)