2017年8月22日火曜日

本当の友情(ベトナムの民話から)

 ルウ・ビンとディオン・リーは、学生でした。ルウ・ビンは、裕福な家庭に育ち、ディオン・リーは、貧しい家庭の生まれでした。育ちは、違いましたが、子どものころから仲良しで、一生の友情を誓いあっていました。ディオン・リーの両親が、亡くなった後で、ルウ・ビンは、父親からの提案で、ディオン・リーを家に呼んで、一緒に暮らしはじめましたので、二人は、本当の兄弟のように仲良しでした。

 ルウ・ビンは、父親がお金持ちなので、人生をあまり真剣に考えるタイプではありませんでした。ですから、勉強の方も、しばしば怠けていました。彼が、真剣になるのは、遊ぶ時とお祭りの時でした。こうした生き方は、大人になっても変わりませんでした。

 それに比べて、ディオン・リーの方は、何事にも勤勉でした。勉強も一生懸命、時間を惜しんでしました。彼は、時々、ルウ・ビンに、もう少し勉強にも力を入れるようにいいましたが、ルウ・ビンは、余計なことを考えないで、自分のことだけ心配するようにいい返しました。

 しばらくして、ディオン・リーは、努力のかいあって、無事に役人の試験に合格しました。彼は、お世話になったルウ・ビンの両親にお礼を言い、ルウ・ビンに別れを告げ、まもなく、地方へ役人として赴してゆきました。別れる時に、もう一度ルウ・ビンにまじめになって、勉強するようにいいました。

 ルウ・ビンは、いつまで経っても、役人の試験に合格することが出来ませんでした。しかし、親のおかげで、仕事をする必要もなく、気ままに暮らしていました。

 しかし、彼の両親が死んでしまってからは、彼は、一人ぼっちになり、守ってくれる人もなく、真剣に彼の相談に乗ってくれる人もなく、彼は、淋しさをまぎらわせるために、博打にのめり込んでゆきました。

 そして、両親の財産を現金ばかりでなく、土地も少しずつ売り払って、すっかり使い果たしてしまいました。最後に、借りた金を精算する為に、両親やディオン・リート過ごした、大きな邸宅も売り払ってしまい、残った金も博打で使い、とうとう乞食になってしまいました。

 今になって、彼は、自分の愚かさに気がつきましたが、もうまわりには誰にいなくなっていました。お金があった時には、一緒に飲み食いをしたり、博打仲間だった友達も、お金がなくなってしまったら、みんな彼のまわりから去っていってしまいました。

 ルウ・ビンは、急にディオン・リーのことを思い出しました。以前に耳にした噂では、ディオン・リーは、今では、たいそう出世して、お金持ちになっているようでした。今すぐ、ディオン・リーに会いに行こう、彼こそは、唯一の親友だから、と考えました。彼だけは、ルウ・ビンののお金だけに興味があるような、他の友達とは違って、困った時に助けてくれるだろうと思いました。

 彼は、物乞いをして、その日の糧にありつきながら、ディオン・リーの住む町を目指しました。何週間も掛かって、やっとのことで、目的の町に辿り着くことが出来ました。

 彼は、寒さと空腹に震っていましたが、ディオン・リーの住む家の門の前で、これから始まる親友との再会を思って、だんだんと元気が出てくるような気がしました。家の中に招き入れられれば、きっと、寒さからも飢えからも開放されるはずだと思いました。これから始まる、歓迎の夕食会のことや、友人の援助ではじめる、快適な暮らしのことなど、楽しいことばかりを考えていました。

 ところがどうでしょう、門番の男は、彼が、ディオン・リーの古くからの親友だといっても、決して、中に入れてくれようとはしません。ルウ・ビンが来ていると、ディオン・リーに伝えてくれと頼んでも、ディオン・リーが出迎えに現れないばかりか、いっこうに返事がありません。彼は、どうしてなのかわけもわからないまま、一度は引っ返しましたが、夕方になって、もうディオン・リーも家に帰っている頃だからと、もう一度訪ねて行きました。しかし、今度は、門番が、彼を無視するだけではなく、この家のご主人は、政府の偉い役人で、お前のような乞食の友人はいないと、彼を追い返したのです。

 ルウ・ビンは、希望を失いました。俺の両親から、本当の子どものように親切にされ、子どもの頃から、二人は、永遠に友達だと誓い合った、あのディオン・リーでさえ、こんな落ちぶれた俺には、会おうともしてくれない。もう本当に、これから先どうしたらいいのかわからなくなってしまいました。俺には、金もなく、今夜の寝る場所もなく、一人の友達もいない。もうこうなったら、何の希望もないから、これから、川に飛び込んで、死んでしまおうと考えました。

 彼は、とぼとぼと、町外れにあった、古い橋を目指して歩きはじめました。橋に辿り着いて、下をながめると、流れはかなり急でした。これなら、間違いなく死ねるだろうと、飛び込もうとした時に、後ろから、優しい声が聞こえてきました。驚いて、後ろを振り返ると、なんとも美しい女性が、彼の目の前に立っていました。

 女性は、彼に向かって、「どうして、そんなに先をお急ぎになるのでしょうか? 人生は、そんなに捨てたものでは、ないと思います。」といいました。

 ルウ・ビンは、「わたしには、もう誰もいないのです。愛する両親も死んでしまったし、今までの友人たちも去っていってしまったし、一番悲しいのは、子どもの頃からの親友からも見捨てられてしまったのです。もう、生きる望みを失ってしまったのです。」と悲しい声で囁きました。

 「わたしの名前は、チャウ・ロンといいます。わたしは、生まれた時からの孤児ですが、今日まで、がんばって生きてきました。もっと勇気をお出しなさい。天は、決して、あなたを見捨てたりはしないものですから。もし、よろしかったら、わたしの家に来て、もう少しお話しませんか?」とその女性はいいました。

 ルウ・ビンは、この女性の家に行くことにしました。そこで、彼は、今までのことを、この美しい女性に話して聞かせました。長い物語でしたが、女性は、真剣に話しを聞いてくれました。話を聞きおわって、女性は、「どうして、ここでもう一度人生をやり直してみないのですか?もしよろしかったら、ここに寝泊まりして、もう一度役人になる為に勉強し直してはいかがでしょう。来年になれば、役人になる為の試験があります。役人の試験に合格して、一生懸命働いて、出世することで、あなたを見下したまわりの人に一泡吹かせるというのは、自殺か考えるよりは,ましな考えだとは思いませんか?」といいました。

 ルウ・ビンは、しばらく考えましたが、この女性の言っていることが、正しいとわかりました。ルウ・ビンは、この女性の家で、もう一度人生をやり直すことに決めました。

 女性は、ルウ・ビンの必要なものは、すべてそろえてくれました。ですから、彼は、彼女の親切に応える為にもと、昼も夜も、今まで経験したことのないほど一生懸命に勉強しました。彼は、必ず試験に合格して、役人になったら、彼女にお世話になった費用は、必ず返しますといいましたが、彼女は、ただ微笑んでいるだけでした。

 数ヶ月後、ルウ・ビンは、都に行って、試験を受ける為に、チャウ・ロンの家をあとにすることになりました。出発する時に、彼は、チャウ・ロンに、必ず試験に合格して戻ってきますから、その時には、わたしと結婚してくださいと告げました。

 ルウ・ビンは、試験に最高得点で合格し、王宮内の重要な地位につくことになりました。ルウ・ビンは、喜び勇んで、チャウ・ロンを迎えに来ましたが、チャウ・ロンのいるはずの小さな家には、誰も住んでいませんでした。まわりの人に聞いても、誰もチャウ・ロンの消息を知りません。町中を探しましたが、何の手がかりも見付かりません。ルウ・ビンは、悲しみを抱いて、都に帰ってきました。「たぶん、彼女は、この俺を、正しい道に導く為に現れたのだろう。」と、彼は歩きながら考えました。

 しかし、ルウ・ビンは、彼女のことを忘れ去ることが出来ません。日が経てば経つほど、彼女への思いは、募って来ます。彼は、お暇をもらって、もう一度、彼女を探しに行くことにしました。そして、今度は、ディオン・リーを訪ねて行って、彼がどんな対応をするかも確かめることにしました。

 やはり彼女の消息がつかめず、ルウ・ビンは、ディオン・リーを訪ねて行きました。今度は、この前とうってかわって、ルウ・ビンは、召し使いや手下のものを引き連れて、ディオン・リーを訪ねていったのです。着ているものも、ボロではなく、絹の上等な着物に、貴金属までつけて行きました。彼は、もはや、乞食ではなく、上級役人でした。

 迎えるディオン・リーも、前回とは違っていました。門番が、彼を追いかえすこともなく、衛兵が、整列して、彼を迎え入れました。そして、ディオン・リーが、出て来て、ルウ・ビンを暖かく迎え入れました。俺の身分で、こうも対応を変えるのかと思っていた時、彼は、ディオン・リーの後ろで、彼に微笑みかける美しい二人の女性が、いることに気がつきました。なんと、一人は、彼が捜し求めている、チャウ・ロンではありませんか。彼は、もうびっくりして、体が震えて来ました。こんなところで、彼女にあえるとは、夢にも思っていなかったので、喜びがわいてくるまでに、かなりの時間が必要でした。彼女のとなりにいる彼女によく似ている女性が、たぶんディオン・リーの奥さんだと思った瞬間、彼は、すべてを理解しました。

 ディオン・リーは、ルウ・ビンを家に案内して、歓迎の食事を用意しました。そこで、ディオン・リーは、前回の非を詫び、その説明をしました。

 「わたしは、あなたが、わたしを訪ねて来たと知った時に、わたしは嬉しくて、もう少しで、あなたを迎え入れるところでした。しかし、わたしが、あなたを助けたとしても、あなたは、昔のあなたでしかないと思い、つらい思いでしたが、わたしは、あなたを追い返しました。その代わりに、わたしは、わたしの妻の妹のチャウ・ロンに言いつけて、あなたを助けるように指示をしました。」

 「その後は、あなたの知っているように、あなたは、生まれ変わって、このように立派な人生を歩むようになりました。このようにして、あなたが、立派な役人になることを、あなたのご両親は、どんなに望んでいたことでしょうか。」

 ルウ・ビンは、この親友の話に、一言もありませんでした。ただ俯いて、聞いているだけでした。「でも、あなたは、本当に立派でした。」と、チャウ・ロンが、頬を赤らめながら、語るのを聞いて、ルウ・ビンは、はじめて、口を開きました。「あなたが、いたから、わたしは、がんばれたし、生まれ変わることが出来たのです。どうか、わたしと結婚してください。」

 そして、二人は、めでたく結婚して、末永く幸せに暮らしました。



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