2017年11月14日火曜日

タイの民話から 貝王子サントーン


 ずいぶんと昔のことですが、あるところで王様とお后が幸せに暮らしていました。しかし、二人に子どもがありませんでした。

 お后は、機会ある毎に、いろいろな儀式を執り行い、一心に子どもが授かるようにお祈りをしました。そのおかげなのか、ついに、お后に子どもが授かりました。

 お后の喜びは、たとえようのないものでした。そして、お后は、お産をしましたが、生まれてきたのは、なんと美しい貝でした。

 王様には、数人の妾がいました。妾たちは、王様に、貝を生むなんて、お后は、王様を滅ぼそうとしている魔女に違いないから、宮殿から追い出した方がいいといいました。

 王様は、お后と生まれてきた貝を、小船に乗せて、王国から追放しました。数日後、小船は、巨大なジャングルの入り口に辿り着きました。

 お后は、そこで暮らしはじめました。

 お后の前では、貝は閉じたままでしたが、お后が見ていないときには、中からかわいらしい男の赤ちゃんが出てきて、外でしばらく遊んで、また貝の中に入ってゆきました。貝の王子は、家の中の片づけもしました。赤ちゃんが少し大きくなると、お后のために食事も作りました。

 お后は、誰かが、家の片付けをしたり、食事を作ったりしてくれるので、この貝が、何か特別だと感じていました。

 ある日、お后はついに、貝の中から美しい少年が現れたのを見つけました。すべてを悟ったお后は、少年が再び貝殻に入らないようにすぐに貝殻を壊しました。そして、少年に普通の生活をするようにいいつけました。お后は、この少年に貝を意味するサン王子と名付けました。

 このサン王子のうわさを耳にした、宮殿の中の妾たちは、この王子をさらって、殺してしまうようにはかって、殺し屋を向かわせました。しかし、地下に住むヘビ族の王様が、この王子を守ってくれました。

 ヘビ族の王様は、この王子を守るために、美しい女性に変身した鬼婆を遣わせました。

 鬼婆は、王子のために、15年間使えました。

 鬼婆は、黄金の池で、王子を水浴びさせ、王子の顔色は、眩しいばかりの魅惑的な金色に輝くようになりました。

 彼女は、王子にこれを唱えれば、森の中からすべての鹿を、そして河の中からはすべての魚を集めることが出来るマントラの呪文を教えて、これを暗唱させました。

 そして、黄金の杖を与えました。彼女は、王子の命をねらっている者がいるから気を付けるようにいいました。王子の身分が分からないようにと、ボロの服を着させました。

 王子は、彼女に別れを告げて、サモントの国に向かって飛び立ちました。

 サモントの国の王には、七人の美しい王女がいました。王は、王女たちが相応しい若者を見つけて結婚することを望んでいました。そこで、王は、王女の夫に相応しい独身の若者は、王宮に集まるようにおふれを出しました。この噂は、国内ばかりでなく、遠く離れた外国まで届きました。

 そして、その日が決められました。この七人の王女たちの話を聞いた、遠くの外国からも、中国やラオス、カンボジア、マレーシア、ビルマ、インドなどから王子たちが集まってきました。もちろん国中の独身の若者たちも集まってきました。

 その日は、すばらしい天気でした。宮殿は、色とりどりの旗や花で飾られ、輝いていました。たくさんの外国からの王子や、国中の若者たちが、思い思いの服を着て、席についたときに、七人の王女たちが美しい衣を着て輝く宝石を身につけあらわれました。

 歳の順に上から六人の王女たちは、自分に相応しいと思われる若者を見つけることが出来ました。しかし、最後の一番年下の王女は、自分に相応しい人を見つけることが出来ませんでした。

 王は、この事に苛立ち、大臣を呼んで、まだ席についていない者がいるだろうから、彼らを席につかせるように命じました。

 大臣は、王宮の外にいる若者たちに中に入って席につくようにいいました。

 その中には、ボロをまとった若者もいました。若者たちが席につくと、一番年下のロチャナ王女があらわれました。王は、王女に自分に相応しい若者をしっかり探すようにいいました。ロチャナ王女が選らんだのは、なんと醜いボロを着た若者でした。王は、驚いただけでなく、腹が立ち、この二人を町外れに住まわせました。

 しかし、ロチャナ王女は、自分の選択が間違っていなかったことを知っていました。今でも自分の夫になったこの若者が、ボロを着ていることに変わりはないけれど、そのボロの下には、美しいからだと心がある事を知っていたからです。

 王は、このロチャナ王女の相手の若者が好きになれませんでした。何とかして追い出せないものかと考えていました。

 ある日、王は、七人の義理の息子たちを集めて、森に行って、一人六匹ずつの鹿を狩ってくるように命じました。若者たちの狩りの腕前を試すためでした。

 ロチャナ王女の夫は、黄金の靴をはいて森に向かいました。森に入ると、ボロを脱いで、元の姿に戻ると、覚えたマントラを唱えました。

 すると、森中の鹿が彼のもとに集まってきました。

 夕方になって、他の若者たちが帰ってくる頃、彼は、またボロを着ました。

 他の男たちは、彼のまわりにいる鹿を見て、自分たちは、一匹の鹿も捕まえることができなかったので、彼に六匹ずつ分けてくれるように頼みました。

 しかし、彼は、一人一匹ずつなら分けてあげるが、鹿の耳は切り落としておきますといいました。男たちは、それでもいいといいました。

 王宮に帰ってきた若者たちを見て、王は驚きました。ロチャナ王女の夫だけが六匹の鹿を捕らえてきたことに、心の中で面白くありませんでした。他の若者たちは、一匹ずつしか持ち帰らなかったばかりか、鹿の耳が切り落とされていました。

 王は、今度は、それぞれが、種類の違う百匹の魚を持ち帰ってくるように命じました。

 今度も、ロチャナ王女の夫にとっては他愛もないことでした。彼は、河に行って、ボロを脱いで、静かにマントラを唱えはじめました。

 すると、たくさんの魚が、彼のところに集まってきました。午後になると、他の若者たちが、やはり、一匹の魚も捕まえられなかったので、彼のところにやってきて、魚を譲ってくれと頼みました。彼は、一人二匹ずつで、魚の鼻を切り落としておくなら、構わないといいました。ロチャナ王女の夫は、もうボロを身につけませんでした。

 夜になって、みんなが王宮に戻ってきました。六人の若者の相手の王女たちは、今度は鼻のない二匹の魚を持って帰ってきた夫たちに失望しました。このあいだは、耳のない一匹の鹿でした。

 それに比べて、ロチャナ王女の夫は、百匹の大きな魚を持ち帰ってきました。今度は、王も王妃も、彼は、ロチャナ王女に相応しい若者だと認めました。ロチャナ王女は、とても幸せでした。

 しかし、幸せも長くは続きませんでした。インドラの神が、戦いの戦士に姿を変えて、地上に現れました。

 そして、インドラの神は、サモントの国とサモントの国を賭けてポロの試合をするといってきました。もしも、このポロの試合を放棄するなら、サモントの国を焼き払うといってきました。

 王としては、この挑戦を受ける以外に方法がありませんでした。

 すべての王族が、王宮に集められました。王は、まず六人の義理の息子たちに、戦うように命じましたが、六人とも簡単に負けてしまいました。インドラの神は、もう一人いたではないかといいました。

 王と王妃は、急いで、町外れにある、ロチャナ王女の小屋に行きました。わけを話して、国を救ってくれと頼みました。ロチャナ王女も一緒にお願いしました。

 翌日、国中が見守る中で、インドラの神とロチャナ王女の夫との試合が始まろうとしていました。

 インドラの神は、すでに馬に乗って、いつでも戦いが出きる状態でしたが、ロチャナ王女の夫の方は、まだ姿が見えません。王は、王妃の手を震えながら握っていました。

 その時突然、馬に乗った若者があらわれました。手綱を握っている金色に輝く顔色の若者は、ロチャナ王女の夫でした。彼は、生まれつきの選手のようにマレット(ボールを打つためのスティック)を使いこなしていました。そして、インドラの神に対して挑みかかりました。

 そして、戦いは始まりました。インドラは、何とかして、相手を負かそうとしましたが、ポロの腕は、相手が上でした。そこで、インドラの神は、馬を大空に舞わせました。

 すると、ロチャナ王女の夫も、黄金の靴を使って後を追いかけました。大空での戦いの末、インドラの神はとうとう負けてしまいました。そして、サモントの国は救われました。

 ロチャナは、急いで、夫のもとに駆け寄り、夫と馬を抱きしめました。インドラの神は、戦士の姿から、神本来の姿に戻り、王に話し掛けました。

 インドラの神は、ロチャナ王女の夫の本当の素性を明かしました。彼は、サントーン王子といって、次のサモントの国の王になるものだと告げ、姿を消しました。

 インドラの神は、サントーン王子の父親に、王子のことと、消息のわからないサントーン王子の母親の消息について話して聞かせました。

 年老いた王は、急いで、インドラから聞かされた農家にいって、彼が追放した王妃を見つけました。王妃の世話をしてくれていた老夫婦には、土地とお金と衣類が与えられました。

 サントーン王子は、その後、サモントの国の王となり、彼の年老いた両親とロチャナ王妃と一緒に末永く幸せに暮らしました。


Copyright(c) 1997 北風剛
無断複製、無断頒布厳禁