2018年1月29日月曜日

亀のお話  タイの民話から


亀には、甲羅があります。甲羅でいろいろな刺激や外敵の攻撃から体を守っています。

ところが、ずっと昔の亀には、甲羅はありませんでした。というよりも甲羅は必要ではありませんでした。

なぜなら、亀は、いつもお釈迦様に守られていたから、外敵からの攻撃を甲羅で防ぐ必要がありませんでした。

亀は、お釈迦様からとてもかわいがられていて、いつもお釈迦様が体にまとっている黄色の衣が肌から離れないようにと、布の端を一日中咥えていました。

亀は、主人に忠実で、とても忍耐強い性格で、お釈迦様を信じ愛していましたから、お釈迦様のそばにいられることをとても幸せに思っていました。

そうしたお釈迦様からかわいがられている亀をおもしろくなく思ったり、嫉妬している動物もたくさんいました。彼らだって、お釈迦様のおそばで過ごしたかったのです。

ある時、そんな亀に嫉妬している小鳥たちが、お釈迦様のところに飛んできて、お釈迦様に、私たちにも、お釈迦雅の衣を咥えるおつとめをさせてくださいと頼みました。

お釈迦様は、ほほえみましたが、何も言葉を発してくれませんでした。小鳥たちは、ますます、亀を嫌いになりました。

お釈迦様は、寡黙で、忍耐強く、瞑想に入れば、何日でも、じっと座ったままです。そして、亀もまた、お釈迦様と同じように、じっと黙ったまま、お釈迦様の衣を咥え続けていたのです。

誰も亀の声を聞いたものはいませんでした。亀は、衣の端を咥えているから、声を出すことができなかったからです。

お釈迦様も亀も、いつも静かに、瞑想をしていました。

ある日のこと、お釈迦様が、木の下で、亀に衣を咥えられて、いつものように静かに瞑想をしていると、そこに、一匹の蛇がやってきました。

悪意をもった蛇は、お釈迦様に話しかけるように「俺は、この世で一番の賢い生き物だ。」と独り言を言いました。

それを聞いたお釈迦様は、ほほえみ、うなずきましたが、言葉を発することはありませんでした。亀は、なぜか内心穏やかではありませんでした。

傲慢そうな蛇は、「俺は、この世界の主のようなもので、俺よりも賢い生き物なんかいるわけがない。」と言いました。

お釈迦様は、ほほえみ、うなずいて、相変わらず黙ったままじっとしていましたが、亀は、ますます頭に来て、もう、ほとんど我慢できません。

蛇は、続けて「俺は、すべての生き物より賢いし、もちろん、ここにいるお釈迦様よりも賢いのだ。」と言い放ちました。

お釈迦様は、相手になるのはよくないと思ったのか、黙って、すっと立ち上がりましたが、その時、亀が怒りに震える大声を出したのです。

「お釈迦様よりも賢い生き物なんかいるわけがない!」

そういったとたん、亀の体は、お釈迦様の体から離れて、地面にたたきつけられてしまいました。

亀が声を出し、口を開けたから、衣から落ちてしまったのです。

それを見たお釈迦様は、悲しい目を亀に向けながら「おまえは、蛇の挑発に乗って、自分のつとめを忘れ、衣から口を離してしまった。おまえが、わたしを助けようと思った気持ちはわかるが、自分のつとめを忘れたおまえは、もう、わたしのそばにいることはない。わたしの元から立ち去りなさい。」と告げたのです。

亀は、驚いて、「もう二度とつとめを忘れることはいたしませんから、おそばにおかせてください。」とお願しましたが、お釈迦様は、「おまえは、蛇と一緒に、地面で暮らしなさい。」と言いました。

そして、「おまえが、今までわたしに尽くしてくれたお返しに、おまえを外敵から守る甲羅を授けよう。」と言いました。

その日から、亀は、甲羅を持つようになったのでした。



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