2019年9月4日水曜日

Sondhi Limthongkul釈放される

タクシン元首相も妹のインラック元首相も、服役から逃れて、国外逃亡を続けていますが、タクシンを追い詰めた側の黄色シャツのリーダーだったソンティ・リムトーンクン氏が、懲役20年の判決が下り3年間刑務所でお務めしていましたが、今日、恩赦で釈放となりました。

ソンティ氏は、もともとタクシンの支持者でしたが、その後、反タクシン派の活動家として、テレビに出て、タクシンの不正を追及し、支持者を増やし、黄色シャツ運動を率いて、ついには軍事クーデターが起きて、タクシン政権が倒れました。

People's Alliance for Democracy(PAD)民主市民連合は、ソンティ氏などが2006年に結成された反タクシン派の市民運動です。

シンボルカラーは、黄色で、その黄色に隠された意味は、ラマ9世陛下ということで、反王制のタクシンの不正を追及して、集会やデモを繰り返しました。

タクシンが逃亡したことでPADは、一度解散しましたが、タクシン派政権が誕生したので、2008年に再び活動を開始しています。

そして、2008年8月国営テレビ局や首相府等の政府庁舎を包囲、約4か月にわたり占拠した。また、プーケット、クラビーの空港を占拠したりして、時のサマック政権に対し過激な運動をしていました。

この頃から、タクシン支持派の赤シャツと呼ばれる反独裁民主戦線も活動をはじめ、両者の対立も生まれました。

政権がサマックからタクシンの妹婿のソムチャイ・ウォンサワット政権に変わっても、活動は過激化して、首相府占拠後に政府の臨時庁舎となっていたドンムアン空港を包囲、占拠し、続いてタイの国際線空港であるスワンナプーム国際空港の管制塔を占領し大混乱でした。

結局、ソムチャイ首相が退陣し、PADの活動も終わっています。

そして、2009年の4月17日に車に乗っているところを M-16やAK-47で武装した一団に襲われ、100発以上の銃弾を受け車が蜂の巣にされましたが、幸いにしてソンティ氏は、頭にも銃弾を受け、重体でしたが、一命を取り留めました。

その後、政党を作ったりもしましたが、パッとしませんでしたし、有罪判決で刑務所に入りました。

アシスタントの女性Sarochaとタクシンの不正を面白おかしく話していた「Muangthai Rai Sapda」時代が華だったのかも知れません。